第65話『豹変』
日差しを受けた血の混じった白い髪と、こちらを一心に見つめる瞳。二度と会うことはないと思っていたのに、今、目の前で傷だらけの姿で立っている。きっと、その傷は熊と戦ってできたものだろう。
わたしは傷が心配で駆け寄ろうとした。だけど、一歩進む前にクラウスさんが動き出す。わたしの腕を掴んだかと思うと、分厚い胸板に引き寄せられた。体を縛りつけるように強く抱き締めてくる。
――ちょっと、クラウスさん! こんなに男の人と体が密着したのははじめてだ。服ごしでも、筋肉が程よくついたたくましい腕なのはわかる。全身が緊張で熱くなってきた。
「良かった、間に合いました」
この声もまずい。かすれた声が頬の横にかかると耳たぶが熱を持ってくる。切実に離してほしい。
「国王の犬がなぜ、助けた? そして、なぜ、ここにいる?」
「サディアス、お前こそなんということをしてくれたのだ。ミヤコ様をこんな危険な目に合わせて」
見上げてみると、いつもは優しいはずの瞳はかつてないくらい険しかった。彼の黒い瞳はサディアスをにらみつけている。腕のなかとは違い、その瞳の奥は冷ややかに見えた。
「別に、俺のせいじゃない」
「お前がミヤコ様をそそのかして連れ去ったのだろう?」
それだけは間違いだった。
「違います! わたしの意志でサディアスについてきたんです!」
「ミヤコ様、この男をかばい立てする必要はないのですよ」
違うと首を振った。サディアスをかばうわけじゃない。だって、本当についていきたかったからここにいる。わたしは胸板を強く押して、クラウスさんから距離をとった。とにかく負けないように顔を上げる。
「だから、お城に戻れと言っても無駄です。わたしはもう神子じゃありませんし、クラウスさんとは何の関係もありませんから!」
言っていて何でこんなに胸が痛むんだろう。息をするのが苦しい。それなのに、見上げたクラウスさんの表情のほうが苦しそうだった。
「……わたしは」
クラウスさんが話す。小さくて聞き取りにくい声だ。うっかりして聞き逃さないように、わたしは耳だけに集中した。
「できれば、あなたを森の外に出したくはなかった。あなたをずっとお守りしたいと思っていました」
なぜ、そんなに悲しそうな目をしているんだろう。
「でも、結局は守れない。わたしはどちらかを選ぶしかないのです。あなたはもう神子様ではない?」
「は、はい、たぶん。神子じゃありません」
「それでは、わたしは神子様ではなく、あなたをお守りすることにします」
「わ、わたしを?」
「ええ、ずっと、お守りいたします」
「ヴォルグフート副団長、あんたそれでいいのか? ニーナ姫との婚約はどうするんだ?」
サディアスがすかさず、不機嫌そうな声で攻め立てる。結構、いい感じだったのに邪魔しないでよ。そう思ったところで、聞き捨てならない言葉を拾った。
――ええっ! クラウスさんってニーナさんと婚約していたの!




