第63話『獣たち』
わたしの後ろからは現在、獣の足音がすごい勢いで迫ってきている。熊とか鹿とか森の生き物が勢揃いで追いかけてくるなんて、怖いよ、本当。
先頭のわんこは岩を飛び越えて、木々の間を抜ける。
「きゃ」
わんこサディアスは軽々飛び越えられるかもしれないけど、わたしは(本当にほんのちょっとだけ)重い人間だ。むき出しになった根っこに足をとられて転けてしまった。
足は痛いし、後ろからは獣の集団がやってくるし、頼みの綱の(糸くらいかもしれないけど)サディアスはわたしの腕に歯を立てて引っ張る。「うー(早くしろ、バカ)」とでもうなっているのだろうか。
「わかったから、立てばいいんでしょ」
でも、疲れて震える腕では立ち上がるのに時間がかかった。手間取っている間に熊が近づいてきた。熊って四つ足で走ると速いようだ。
サディアスはわたしの腕を離して威嚇するけど、熊を相手にして効果はあるのだろうか。何か、これくらい大きい人をお城のなかでも見かけた気がする。
人間よりも太くてふさふさの腕がわたしの目前まで迫ってきた。やだ、殴られる。サディアスが噛みつこうと飛び上がるけど、間に合うかどうか。
目をつむりかけたそのとき、わたしと熊の間に白いものが飛びこんできた。
この白さは先程も目にした。白いたてがみをたくわえた背は、なだらかな曲線を描いている。ふさふさのしっぽ、ぴんと立った耳。これは馬だ。白馬が熊からわたしを隠すように構えていた。
「クラウスさん」
もう、会わないと思っていたのに。やっぱり、クラウスさんもわたしを逃がしてはくれないだろう。黒い瞳が何を考えているのか、よく見てもわからない。
白馬はわたしから熊へと首を向けた。あれ、そっちを向いちゃうの? 驚いていたら、なんと、熊と白馬でぶつかりはじめたのだ。
このすきにとばかりに、サディアスがわたしの足元までやってきた。クラウスさんは熊の進路をはばみながら、逃がしてくれるらしい。何でなのか疑問に思うけど、とにかく、これはチャンスだ。
帽子がとれないように手で押さえながら逃げることした。




