第56話『罪人』
ヒールの高い靴、ドレス、手袋、ヴェール、全身が黒で統一されている。わたしが今まで見てきたなかで、1番印象に残っている黒だ。
「ルルさん」
「あはは、覚えていてくれたのね、ミャーコ」
しゃべり方も雰囲気も1年前とまったく変わっていない。ちょっとくぐもった声も、見かけとは違って話しやすい空気もそのままだった。
ルルさんは椅子を並べてくれて、わたしとサディアスに座るようにうながした。
「でも、よくサディアスを信用してくれたわね。こんな無愛想じゃ来ないかもしれないって思ってたのに」
「無愛想で悪かったな」
「別に、こんな人、信用なんかしてません!」
「またまた〜」
ルルさんは言うけど、サディアスを信用したわけじゃない。ただ、わたしの見たいものを見せてくれるって言ったから、ついてきただけだ。でも、結果的に信用しているのか、自分でもよくわかっていない。
「で、これからどうするつもりだ? 一応、俺はあんたに借りを返したよな」
「何よ、サディアス! わたしとの約束を忘れたの?」
思わず、声を出してしまった。だけど、自分だけお城に戻るなんて許せるわけないでしょ。連れてくるだけ連れてきて、今さら神子に戻れないんだから。
サディアスはわたしたちを交互に見ながら、わざとらしくため息を吐いた。そのせいで癖のある赤毛がぴょんと跳ねる。きっと、フードで癖がついちゃったのだ。
「俺に選択肢はないのか」
「あるわけないでしょ〜」
「そうよ!」
ルルさんとわたしが一緒になれば、冷酷な男も簡単にやっつけられる。
「で、これからどうしろと? 各地を回って観光させるわけでもないだろう」
「実はね、探してほしい人がいるのよ」
「探してほしい人?」
サディアスが訝しげに眉をひそめる。眼鏡がないと余計に表情がよく見える。
「サディアスなら知っていると思うけど、今から16年前、先代の王ジルベラスは異世界からの神子レーコと夫婦になった。でも、その6年後にジルベラスが殺されてから……」
「えっ、殺されるって?」
前の国王さまが殺されたなんて話は聞いたことがなかった。サディアスからも聞いていない。確かに、わたしが質問したことはなかったけど。
「ジルベールが頑なに隠したのよ。表向きは病ということになっているけどね」
「お前にその話をすれば、俺だって命の保障はなかった」
サディアスも王に逆らえば、命が危うかったなんて知らなかった。それだけジルベール様にとって不都合な事実だったのかもしれない。
「あの、聞いていい? ジルベラス様は誰に殺されたの?」
サディアスに聞いたつもりだっけど、視線をこちらに向けるだけで、ちゃんと答えてはくれなかった。
代わりにルルさんが「いいわよ」と答えてくれた。黒いヴェールが少し上がる。しゃべるときにはいつもそうなるのだ。わたしは息をのむ。
「レーコよ」くぐもった声が伝えた。




