第52話『居場所』
「泣くほど嫌なのか、国王の妻になるのが?」
――えっ? 聞きたいことはそれなの? 昼間は素っ気なくしたくせに、それを今、たずねるの? なんて、叫びたくなった。
「い、嫌なんて」
「はっきりしろ」
「だって」
嫌なんて言っても何にも変わらないもの。わたしが神子にならないといけなかったときと一緒だもの。
「神子になったときのように、また、諦めるのか」
サディアスの冷たい指がわたしの手首を強くつかむ。
「わたしは神子よ! 神子になった以上、責任があるの!」
手を振りほどこうとしても、無駄だった。サディアスはひょろりとしているくせに、ちゃんと骨や筋肉が硬いのだ。
「本当に神子として、そこに閉じこもっているつもりか?」
「も、もちろん!」
「一生か?」
「そ、そうよ! ちゃんと決めたんだもの、神子になるって。サディアスだって祝福してくれたじゃない!」
サディアスは疲れたようにおじさんくさいため息を吐いた。たぶん、あきれている。わたしだってわかっていた。あれは建前だ。心では反対していても、立場として祝福をしなければいけない時もある。
「サディアスの言いたいことはわかってる。でも、ここ以外にわたしの居場所はないの」
ようやく出した答えもサディアスの前では鼻で笑うくらいの価値しかないらしい。
「だから、お前はバカなんだ。お前はこの世界の何を見た? 何も見ていないだろ。そのくせ、ないと決めつける。お前のその姿勢がバカだと言っているんだ」
「見れるものなら見たいわよ! こんな小さな神殿の窓からじゃ、何にも見えない! あんただったら、見せてくれるの? わたしの見たいもの、全部?」
せっかく涙はひいたと思ったのに、怒鳴った勢いでぽろっとこぼれた。本当にわたしは格好悪い。ずっと、「ひどい顔」だ。
「ああ、見せてやる」
サディアスが答えたそのとき、神殿内が慌ただしくなってきた。靴音が近づいてくる気がする。
「バレたみたいだな、行くぞ」
サディアスの手がわたしの腕を軽く引く。きっと、ともに行けば、すごい騒ぎになるかもしれない。エリエにもクラウスさんにも申し訳ないことになるかもしれない。
なかなか一歩前に踏み出せないでいたら、サディアスは手を振りほどいて「勝手にしろ」と冷たく突き放した。あっさりと背中を向けた薄情者に、わたしは「行く! 行くから!」と叫ぶ。
こちらからサディアスの手を掴んだ。誰かに迷惑をかけたとしても、わたしは自分の意志で彼についていこうと決めた。
――だから、責任を取りなさいよ。




