第51話『開けろ』
口はあるし、かたちから見ても、人間だとは思う。だけど、こんな夜遅くに何の用なんだろう?
戸惑っている間にも目の前の唇が動いた。でも、相手の口パクは、言葉を知らないわたしには伝わらない。
窓ガラスに穴が開くんじゃないかというくらい観察してみたけど、全然意味が入ってこない。
――何?
しばらく見ていたら、白く骨ばった人差し指が窓に移った。数回弾いたとき、「窓を開けろ」と言っているのだと、ようやく伝わった。
クラウスさんやエリエ、マリアさんからも窓は開けるなと言われてきた。いつもなら絶対に逆らったりしないのに、逃げたいという気持ちがそうさせたのか、自分でもわからない。
両窓を押し開けた。風が吹いて涙で濡れた頬が冷たくなる。部屋をおぼろに照らしていたろうそくの明かりが煙となって消える。
「あなた、誰なの?」
見上げないといけないくらい背が高い。彼はわたしとの距離をつめたかと思うと、フードをはぎとった。
「サディアス?」
眼鏡がなくて、一瞬、誰だかわからなかった。ただ、薄暗いなかでも不機嫌そうにひそめた眉と瞳でサディアスだとわかった。
「相変わらず、ひどい顔だ」
「し、失礼ねっ」
やっぱり、サディアスだ。神子に対して配慮のない口調も、人を小バカにした冷たい目も一緒。涙の跡を手探りで拭いてみたけど、ひりひりするだけでひどい顔は変わらないかもしれない。
「で、何の用? 遊びに来たわけでもないでしょ?」
「まあな。お前に聞きたいことがあって来た」
めずらしいこともあるんだ。教えたがりのサディアスがわたしに教えをこいたくて、わざわざ現れたなんて、かなり面白い。顔がゆるみそうだったのに、当のサディアスは真剣な顔になるから、わたしも顔を引き締めなくてはならなくなった。




