第26話『いない日』
今日はめずらしくサディアスの部屋が開いていない日だった。鍵がかかっているらしくドアノブが回らない。
ずっと、昼間は自室にこもっているとか言ってたから、絶対に居留守でしょ。派手に音を立ててノックしてみたけど、こっちの手が痛くなってきてやめた。これだけやっても無反応なんて、部屋にいないのかもしれない。
護衛のクラウスさんもはじめてのことみたいで、首をかしげた。
「体調でも優れないのでしょうか」
「まさか」
あのサディアスも体調が悪くなったり……するかもしれない。あんな薄暗い部屋で生活していたら、おかしくなっても当然だと思う。
「クラウスさん、この扉の鍵、どうにかなりませんか?」
「確かに古い鍵のようですので、扉を破ることはできなくもありませんが、部屋に入ってどうするのですか?」
「それは、サディアスを」
言いかけたところで、わたしの頭上に影が差した。こんなに近くに人が来ていたんだと驚いて口を閉ざす。
「勝手に部屋に入ろうとするな、バカ」
聞き覚えのある声に、顔を向けてみたら、不機嫌そうな眼鏡顔が現れた。ちょっとだけ明るいところで姿を見たのは久しぶりだ。薄暗い通路がまあまあ明るいと思うなんて、サディアスの部屋のせいだ。あれはかなり暗い。
「俺の部屋に勝手に入って、どうするつもりだったんだ?」
「別に」
体調でも悪いんだったら看病してあげてもいい……なんてことは思っていない。口に出していないから思った証拠もないはず。本当に言わなくて良かった。
ホッとしていたら、サディアスの左右の眉毛がくっつきそうなくらい寄った。かなり不機嫌か、不可解なことに出会ったような表情なんだ。
「な、何?」
「いや、話の流れでまさかと思ったが違うな」
「話の流れって、ずっと聞いてたの?」
「いや、体調でも優れないのかというところからだ。クラウスはどうやら俺の気配に気づいていたようだがな」
「えっ、そうなの?」
思わず、敬語も抜け落ちてクラウスさんに聞いたら、苦笑をされてしまった。サディアスが言った通りなんだ。
「申し訳ありません。言いそびれてしまいました」
「いいですけど、別に」
危うく変なことを言いかけてしまったから、あんまり許したくないけど、クラウスさんが頭を下げてくれたからわたしは折れた。
「で、どうするつもりだったんだと聞いている」
「しつこい!」
「まさか、夜這いか?」
「ヨバイって何?」
「知らないのか。夜這いとは相手の寝所へ忍びこみ、相手を組み敷き……」
「あー、何かわかった気がする。っていうか、夜這いじゃないし!」
「ふん、わかった気がするとは本当に理解したとは言えない」
ああ、またはじまった。と思っていたら、押し殺すような小さな笑い声が聞こえてきたの。誰? クラウスさんだった。
「申し訳ありません。あなたたちのやりとりを聞いていたらおかしくなってしまって。仲がよろしいですね」
「よ、よろしくないです!」
わたしが慌てて否定するけど、サディアスは何にも言ってくれなかった。無表情でクラウスさんをじーっと見ていた。変な、サディアス。もう笑わないでほしい、クラウスさん。
結局、その日はサディアスの部屋に入る前に、「帰れ」と言い渡されてしまった。




