第143話『2年後』
サディアスがいうように2年の月日が過ぎていくのは、あっという間だった。王女としての教育を再開した1年(5歳で中断したから)。女王としてのしきたりや現在の国の状況など、学ぶことが多々あった1年。その2年を慌ただしく過ごし、わたしは18歳になった。
そして、もうすぐ女王となる。
あれから結局、サディアスには会っていないし、手紙も書いていない。あるのは2年後の約束と、指に輝く小さなピンク色の石だけ。マリアさんからドレスには合わないとブレスレットを取り上げられたけど、指輪だけはどうにか死守している。
サディアスに会ったら話したいことがたくさんあふれそうだ。
レーコさんは王妃として日々、国を支えている。もちろんその脇にはジュリアさんがひかえていて、ちらほらガストンさんの影がちらついていたりするのだ。
ニーナさんはなんと、隠居したジルベールさんの屋敷で世話を焼いているらしい。そんな手紙がやってきて、わたしを驚かせた。
クラウスさんは変わらず、わたしのそばにいてくれる。騎士として、たまにはいいお兄さんのように相談役となってくれる。
またエリエは神殿勤めをやめて、正式にわたしの侍女になった。彼女はマリアさんと一緒になってわたしを叱る。ふたり一緒に叱られると、何にも抵抗できなくなってしまうから恐ろしい。
早くサディアスに伝えてみたい。彼はどういう顔でどんな言葉を返してくれるのか。過去の思い出と結びつけては、最近はそれが思いつかなくて落ちこむ。もっと長く会えなければ、顔さえも忘れてしまうのかもしれない。それが本当に恐い。
女王の誕生に向けて準備が着々と進むなか、塞ぎこんでいたわたしをクラウスさんが連れ出してくれた。枝葉を広げた森の散策に出かける。
森の変化はいまだに続いていて、クラウスさんたちベルホルンの人々は獣に変わる。わたしは白馬となったクラウスさんに寄り添った。
「クラウスさん」
呼ぶと、クラウスさんの目が光った気がした。最近は「敬称をつけないでください」と叱られる。
あと敬語もダメなんだけど、わたしは頑なに拒んでいる。なぜ、尊敬している人に敬称をつけてはいけないのだろう。女王だって何もかもが一番なわけじゃない。だから、わたしは何があっても敬称と敬語はやめない。
「サディアスはどうしているんでしょうか?」
女王となれば、ゲオルカまで馬車に乗ってとは行かない。だからって、大人しく待つようなわたしじゃない。もう2年も待ったんだから、こちらから乗りこんだっていいはずだ。
「でも、レーコさんは許してくれないし」
ようやく今日、森の散策を許可してもらえたくらいで、ゲオルカに行きたいと言ったら「ダメよ〜」と笑って返される。
「会いたいな……」
うつむいていると、白馬がわたしを慰めるようにすりよってくる。クラウスさんは優しい。胸に引き寄せてぎゅっと抱き締めると、くすぐったくて思わず顔を上げる。そうしたら、森の茂みがガサガサと騒いだ。
――何?
茂みから顔を出したのは赤茶色の毛に包まれた獣。全身が現れたかと思えば、こちらに向かって飛びかかってくる。わたしは無意識に腕を広げていた。あれだけ触られるのを嫌がっていたくせに、今日だけはわたしの腕のなかにおさまってくれる。
「サディアス!」
「わん!」
これは「ただいま」と言っているのかもしれない。素直なサディアスを前にして、わたしは「おかえりなさい」と笑って返した。




