第141話『はじめての告白』
わたしは着なれた男装服に身を包み、馬車に乗って、彼の道のりをたどる。ゲオルカで馬車を降りると、にぎわった人波のなかに彼の姿を探す。そんなに容易く見つかるわけもなく、ドラマのように行かない自分の目に苦笑がもれる。
ジュリアさんは後方で、わたしが選んだ道を自由に行かせてくれた。もし、襲われることになっても、ジュリアさんの隠しナイフが安全を守ってくれるはずだ。
市場に着くと、ひとりひとりの顔を確かめるように、足取りをもっとゆっくりとさせる。
そういえば、「ジュリア」探しで何日も無駄にしたことがある。あのときもわたしとサディアスはかなり言い合いしていた。たわいない記憶がゲオルカの道端には落ちている。
懐かしく歩いていたら、「もっと、どうにかならないのか」と声が聞こえてきた。どうやら、値切ろうとしているらしい。
「安くしろ」
偉そうな声はわたしの足取りを速くさせる。おかげで胸の音も大きくなっているし、迷惑だ。
「くそっ、何でこんなものが」
ついには手にとったアクセサリーに悪態をつける心の狭い男だ。それでも結局は、買ったらしい。店員さんが「まいど〜」なんて言っていた。
骨ばった男の手の上には不似合いな小さな指輪。それに殺意を感じているかのように鋭く睨んでいる。何をやっているかと思えば、こんなところで誰のための指輪を買っているの? イラっときた。
「サディアス!」
「な、なぜ?」
目を見開いたアホ面がわたしに向けられる。こんなに驚いたサディアスはめずらしい。
「何よ、何でわたしに黙ってどこか行っちゃうわけ? あんたとわたしってそんなに薄っぺらい仲だっけ? 少しは仲良くなれたかなあと思ったら、こんなことして、もう全然、怒りが治まんない、どうしてくれんの?」
サディアスの視線がわたしから逃げないように背筋を伸ばして顔を近づける。でも、彼の表情は変わらない。眼鏡が無くなったとしても、わたしには何を考えているのか、ずっとわからなかった。話さなきゃわからないままだ。
「好き。わたしのそばにいてよ。王女から女王になる時、わたしのそばにいて」
はじめての告白は涙で何にも見えなかった。自分で涙を拭ってもどんどんあふれてくる。サディアスの指がわたしの頬に触れた。まさか、応えてくれるの? サディアスもわたしのこと「好き」とか?
「クラウスのことはどうした?」
「クラウスさん?」
「お前はクラウスに想いを寄せていたはずだが、違うのか?」
確かにクラウスさんに憧れてはいるけど、好きとは違う。自分から追いかけて好きになってほしいと思うのは、不本意ではあるけど目の前の男だけなんだ。
何だか、頭のなかが冷静になってきて、涙も引っこんだ。おかげでサディアスの顔がよく見える。サディアスの眉間のしわが面白い。まるでわたしがクラウスさんを好きだと誤解して、嫉妬しているみたいな変な顔なんだ。
「何を笑っている?」
「サディアスがクラウスさんに嫉妬しているのがわかって嬉しかったの」
もう嘘なんてつけない。素直な気持ちをぶつけてみたら、サディアスの耳や首もとが真っ赤に染まった。




