第140話『性悪と悪魔』
会いたくないと言えば嘘になる。でも、会ってどうしろって言うの? 引き止めるの? 戻ってきてほしいと頼みこむの?
――できない。サディアスの自由を奪ってまで、お城に戻すことはできない。それでも、もう一度会いたい。わたしは首を縦に振った。
「そっか。でもね、わたしにも行き先はわからないんだ」
わざわざ聞いておいてそれはないでしょうと思う。
「い、いじわるです」
レーコさんはわたしの頬の涙を指で拭う。くすぐったいくらい優しい触れ方で、こんなところに愛情を感じてしまう。
「そうね。わたしは意地悪かも。だから、サディアスから性悪女って言われるんだろうね。でも、あの子のことだから、そんな遠くには行かないと思うんだよね〜。あの子が本以外に興味持ってるものを知らない?」
「え?」逆に質問されて戸惑ったけど、サディアスの興味についてはちょっと心当たりがある。
「サディアスは鉱物が好きみたいで、その話をするとき、目をキラキラさせるんです。ゲオルカに行ったときも、鉱物の話ばかりしていて、わたしはげんなりして、あっ!」
もしかして、サディアスの行き先がわかったかもしれない。
「わかったのね? サディアスの行き先」
「はい。あそこしか考えられません」
「追いかけるの?」
「はい。だって、わたし、あいつに何にも伝えていないし。今伝えないと一生言えない気がするんです。だから」
わたしはレーコさんの顔を正面から見据える。はっきりと自分の意志として「追いかけます」と伝えた。
レーコさんは何にも言わない。もしかしたら、これから王女となる娘がこんなわがままを言って、あきれているかもしれない。ダメだと言われそう。レーコさんは横に立っていたジュリアさんに目を向けた。
「ジュリア。あなたに頼んでいい?」
「もちろんですわ。すべてはわたしにお任せください」
顔を見合わせたふたりは何かの約束を交わす。できたら、わたしの言葉に反応が欲しいけど、彼女たちは触れてもくれない。やっぱりダメなのかとあきらめかけていたら、ふたりの視線がわたしに向けられた。
「ミヤコ・クラモチ様。あなたはまだ我が国の客人です。ゲオルカまで観光などいかがでしょうか?」
ジュリアさんが女神の優しさでほほえんでくれる。本当にいいのかと、少しパニックを起こしていたわたしはレーコさんへ「いいんですか?」とすがる。
「わたしが許可します。でも、用事を済ませたら、ちゃんとうちに帰ってくるのよ。その辺りはジュリアによ〜く頼んでおくから」
「よ〜く」と念押ししたレーコさんの笑顔が恐い。ジュリアさんには逆らわない方が良さそうだ。だとしても、サディアスに会えるという事実がすべてを忘れさせた。もう喜びしかない。
「ありがとうございます!」
ゲオルカでサディアスをめいいっぱい困らせてやる。それこそが、「性悪女」から生まれた「悪魔のような娘」の性だと思うから。




