第139話『手紙』
ベッドから視線を移して、何かおもしろいものはないかなあと、机の上を眺めてみる。
「あれ?」
見覚えのある袋が目に入った。この丈夫そうな革袋は、本やなんかを入れるためにゲオルカで買ったものだ。どうも見かけないなあと思っていたら、サディアスの手元にあったらしい。
一緒に旅をして来た物に愛着を感じて、わたしは袋に触れた。中に何が入っているのか気になって袋を持ち上げたとき、そこで、しかれていた手紙に気がついた。手紙にはたった一行だけ記されている。読んでみる。
「えっと、これってサディアスがよく使うから覚えとけって偉そうに言った単語だ。確か……」
別れ際に使う。意味は日本でいうところの『さようなら』。
「さようなら?」
サディアスが『さようなら』なんてどうして? そのとき、頭を過ったのは、レーコさんとサディアスのやりとりだった。
レーコさんは「自由にする」と言っていた。「自由」がもし、お城を出て行くことだったとしたら。補佐官をやめて、わたしにも行き場所を伝えないことが「自由」だとしたなら。サディアスはもうここにはいない。すでに旅立ってしまっている。
――まさか、そんなわけない。サディアスがわたしに何も告げずにお城を出るなんて、あるわけない。きっと、まだお城のどこかにいる。
手紙を掴んだまま、わたしは走り出した。サディアスを探さなければならない。あてなんてないけど、わたしは部屋を飛び出した。
護衛の騎士が止める声も聞かない。ドレスの裾がめくれちゃっても、いちいち立ち止まって直す気にはならない。あまりに手に力が入りすぎて手紙がくしゃと音がする。すべてはどうでもいいことだ。
ああなんてヒールの高い靴って走りにくいんだ。不安定に足を着地させると、かかとが痛む。通路の角を最短距離で曲がりきったところで、黒いドレスが目に飛びこんできた。レーコさんの横にはジュリアさんが護衛するようについていた。
「ミャーコ、血相を変えて、どうしたの?」
「こ、これ」
乱れた息が邪魔をして、うまくしゃべれない。だから、手紙を差し出してみた。レーコさんは手紙を受け取ると、笑顔になる。
「あら〜、ラブレターにしては素っ気ないね〜」
「ら、ラブレターなんかじゃありません!」
「まあまあ、そんなに怒んないで。『さようなら』か……。サディアスは旅立ったんだね」
レーコさんにはすべてがわかっているようだった。サディアスがお城を出ることを知っていて、彼に「自由」を与えたのだ。それを感じてしまうと、自分の母親だとしても許せない。
「どうして、あなたはサディアスを『自由』にしたんですか?」
レーコさんが「自由」にしなければ、サディアスはずっとお城にいたはずだ。わたしの隣にいてくれたんだ。
でも、口に出してしまってから、この怒りは間違っているとわかった。自分だって「自由」を求めて、お城を飛び出した。結局、レーコさんを放っておけず戻ってきたけど。
「本当はミャーコが一番、わかってるよね。すべてはサディアスが望んだことなんだってこと」
「わかってます。でも、お別れの言葉くらいかけてくれたっていいじゃないですか。これまでの旅は何だったのかって……」
うつむくと視界が歪んでくる。瞬きをすれば、涙が頬を伝っていく。
――泣いているんだ、わたし。涙を流してしまうほど、今の自分は悲しいって思っている。
「サディアスに会いたい?」
レーコさんはわたしの顔をのぞきこむように首を傾けて、そう聞いてきた。




