第134話『帰ってきた』
夜が終わり、時を知らせる鐘の音が響き渡る。もう新しい朝なんだと思いながら、わたしはベッドから起き出した。
そういえば、お城を出るまでは、誰かに起こされないとちゃんと目が覚めなかった。そのため、マリアさんやエリエによく叱られたんだ。でも、お城を出て、ひとりで過ごすようになってからは違う。すぐに目が覚めるようになった。
窓際に寄ってお城の芝生を眺める。鐘の音の名残がすっかり消えていったあと、軽快なラッパの音が国中に行き渡っていく。ラッパって何だっけ。確か、誰かの帰還を知らせる音だったはず。
――帰還。お城に誰かが帰ってきた。“誰か”なんてわかりきっている。あまり期待したら裏切られたとき辛いはずなのに、わたしは舞い上がる気持ちを抑えられない。夜着に適当なショールをまとって、部屋を飛び出す。柔らかい靴では走りにくいけど止められなかった。
「ちょっ、ミヤコ様!」
通路の前方でマリアさんが歩いていた。わたしの部屋に向かっていたんだろう。少し速度を落として、「帰ってきたの!」と声を張り上げた。
「確かに帰還を知らせる音が響きましたが」
「クラウスさんかもしれない!」
クラウスさんが帰ってきた。そう思うだけで心が軽くなっていくんだ。マリアさんが「せめてお着替えをされては」と言ってくれたけど、「早く会いたいの!」と断った。待ってなんかいられない。もう十分待ったもの。
バカでかい扉を抜けると、騎士たちの集団が誰かを取り囲んでいた。中心にいるのはクラウスさん? 顔が見たいのに騎士たちの体は大きくて隠してしまう。どいてとお願いするわけにもいかないし、集団が散っていくのを待つしかない。そのとき、「おい、道を開けろ」と低い声が響く。
騎士たちが開けたなかにはクラウスさんはいなかった。集団に囲まれていたのは、クラウスさんではなく、騎士団の団長ガストンさんだった。
「ガストンさん……」
クラウスさんを捕まえるためにお城を出たガストンさん。彼の帰還を知らせるための音だったんだ。ガストンさんには悪いけど、期待していた分、結構こたえる。
うつむいて、お城の石造りの階段に目を落とす。誰かの靴が近づいてきた。森を走り抜けてきたのか、泥をはねた靴が止まる。今は誰のことも見たくないし、話したくない。こちらに近づいてこないで。そう思って、熱くなってきた瞼を固くつむる。
「ミヤコ様……」
「え?」
呼ぶ声に驚いて頭を上げると、満面に浮かべられた笑みがわたしに向けられていた。ガストンさんの後ろからジュリアさんも現れて、ようやく気づく。ガストンさんのデカイ図体で隠れて、見えなくなっていたんだ。本当にまぎらわしい。
それと、ジュリアさんが使命感に刈られていた理由もわかった。きっと、レーコさんからの指令で、ガストンさんを迎えに行ったんだ。本当にレーコさんへの忠誠心に頭が下がる。
なんて色々考えていたんだけど、「ミヤコ様」の声ですべて吹っ飛んだ。見えているのは目の前のクラウスさんだけ。
「クラウスさん?」
「ええ、俺のことを忘れてしまいましたか?」
「そんなわけないです!」
クラウスさんを忘れるなんてできるわけないでしょう。ちょっと心外で、ふてくされたように言ったけど、クラウスさんはにこやかに笑った。本物だ。少し傷が見られるようだけど、前のような赤い血はない。
「お帰りなさい、クラウスさん!」
思わず、クラウスさんの手を自分の両手に握りこむ。
「ただいま帰還いたしました」
そのときの周りの騎士たちも沸き立って、おたけびを上げていた。




