第131話『言い訳』
しばらくして、ようやく頭のなかが冷静になってきた。ああ、何で、サディアスの首に抱き着いているんだろう。しかも、ぴったりと密着している体勢で。
今さらだけど、看守の人もばっちり見ているはずだし、ここにいるのが恥ずかしい。
こんな恥をさらすくらいなら、利口なサディアスが止めてくれれば良かったのに。でも、よく考えれば、彼も予想してなかっただろうし、驚いただろう。サディアスから何か言われる前にわたしから離れなきゃ。そう思って、無意識に巻きつけていた腕をゆるめた。
「えーっと、ごめん」
そして、極力、サディアスを視界に入れないように後ろに下がる。今、サディアスの無表情を目の前にしたら、ますます自分が情けなくなるに違いない。だから、見ない。見たくない。でも、沈黙しているのは嫌だったから、思いついた言い訳を並べる。
「これは、あれだから、勢いに任せただけで、深い意味はないから。塔に幽閉されていた間、サディアスのことをずっと考えていて、それで本物を見たら、嬉しくなっただけ。……あんたに会いたかったから」
最後にかけて声が小さくなる。だけど、本当にわたしはサディアスに会いたかったんだ。さっきのバカみたいに言い合って、当たり前のような日常が嬉しかった。その気持ちが爆発して、サディアスに抱きつくという変なことになっちゃったけど。これが正直な気持ちだった。
相手の反応がさすがに気になって、顔をサディアスのほうに向けてみたら、かなり疲れたような表情をしている。
「お前はアホだな」
「ちょっと!」
せっかく人が素直になったっていうのにひどい。
「本当のことだろう。人の気も知らない、自分の心すらわかっていない。そのアホらしさに腹が立つ」
怒ったように言いながら、サディアスは壁に手をついて、ゆっくりと立ち上がる。少し傾いた体を支えようとわたしが近づいたら、「助けはいらない」とばかりに逆の手で拒否された。
「わ、悪かったわね」
拒否されたことも悲しかったけど、イラつかせてしまうほど嫌われていたのかと思うと、胸が苦しい。何でこんなに嫌われているんだろう。わからない。
そのとき、サディアスの指がわたしの頭に触れた。撫でるわけでもなくただ頭に置いているだけでも、ぬくもりが伝わってくる。言っていることと行動が真逆で、わたしは戸惑った。
「お前は何もわかっていない」
「わかっていないって。確かにわたしは頭は悪いけど……」
「違う。そういう意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味?」と聞いてみるけど、「教えない」なんて意地悪を言う。
「あっそ。わたしだって知りたくないし」
子供っぽいとはわかってはいても、顔をおもいっきりそむけるしかできない。もしかしたら、こういう仕草が嫌われる原因なのかも。サディアスは呆れたように深いため息を吐いた。
「今は教えないが、そうだな、お前が女王になったら教えてやってもいい」
サディアスはからかうように笑う。彼が言う、女王。それは今、レーコさんにすすめられて困っているんだけど、何で彼が知っているんだろう。牢屋でも何か情報が流れてくるとか?
「女王なんて柄じゃないし、わたしはならないから」
「そうか? なるもならないも、性悪女がうまいことやりそうだがな」
わたしが拒否したとしても、気がついたら女王にされていたとかありそうだ。たとえ、そんな嫌な予感がしても。
「ぜったいに、ならないから!」
意気ごむわたしに、サディアスは鼻で笑ってから、さっさと格子の外に出ようとする。話が軽く流されたようでイライラするけど、ここは牢屋だ。置いていかれると思うと、ゾッとする。とりあえずは怒りをおさめて、サディアスの後ろについていくことにした。




