第130話『本物』
レーコさんは、ジュリアさんとまだ他に話したいことがあるらしい。
「ミャーコ、あなたは先に行ってサディアスを出してやってくれる?」
わたしもサディアスが心配だったから、ありがたく申し出を受け入れた。先に進むことにする。看守の人の話によると、サディアスはもう少し奥の方にいるらしい。いくつかの部屋の前を横切っていき、ある部屋の前で看守の人が足を止めた。
「ここです」
格子の間から見える赤毛。膝を抱えてうつむいてしまっているけど、サディアスで間違いない。
部屋にはベッドやふかふかのじゅうたんもない。こんな不衛生なところで過ごしたら、サディアスだったら病になっちゃうかも。そう考えると怖くて、体が震えてくる。じっとなんてしていられない。看守の人が開けてくれた瞬間、すぐに牢屋のなかに入った。
「サディアス!」
駆け寄ってしゃがみこみ、うつむいている顔をのぞきこんだ。息していないのかもと考えたから、名前を呼んだときに肩が一瞬だけ動いたのを見て嬉しい。頭が上がり、うつろな目がわたしに向けられる。
「ミヤコ……」
「えっ?」
今、名前を呼ばれたような。しかも「ミヤコ」って。「フォル」と呼ばれたことはあっても「ミヤコ」は初じゃない?
「本物か?」
人をものと勘違いしているみたいに、骨ばった指をわたしの頬に滑らせる。本物かどうか、確かめているみたいだった。
「本物だよ」笑ってやれば、サディアスは目を瞬かせて、小さく笑った。
「相変わらずのアホ面だな」
「うっさい。あんたも相変わらず貧弱なんだから」
サディアスと何でもないやりとりが妙に懐かしくて、わたしは目の前が熱くなるのを感じた。見慣れた顔がぼやけてくる。サディアスは手のひらでわたしの頬を包みこんだ。親指で優しく涙を拭ってくれる。
「なぜ、泣く?」
「知らない。泣きたくなくても人は泣くんでしょ」
はじめてサディアスの部屋に行ったとき、目の前の人が確かに言ったんだ。泣いているのが情けなくて、ごまかすように過去の話を出した。
「そうだな」
わたしの言ったことに同意するなんて、サディアスらしくない。でも、間違いなく目の前にいるのは彼だ。思い出じゃなくてちゃんと姿形がある。サディアスがわたしの顔に触れた理由がわかる気がする。ちゃんと指で触れて、存在を確かめたかったんだ。
わたしはたまらなくなってサディアスの首に飛びついた。
「お、おい」
珍しく戸惑ったような声が耳元でする。もしかしたらこんなことをしたことを後で悔やむかもしれない。だけど、今だけは何にも考えずにそうしたかった。




