第13話『レーコの日記』
テーブルのなかに押しこまれた椅子を引き出して、そこに座った。分厚い本の表紙を撫でると、革のやわらかい感触がする。
元から本は嫌いじゃない。でも、あんまり読むのは積極的じゃなかった。その理由はもしかしたら、両親のせいかもしれない。お父さんが買ってくる本はいつも勉強に役立つ参考書だった。
わたしを放置しているくせに、勉強しろはよく言っていたっけ。あのメガネ親父。
表紙をめくった。文字は日本語で、すごい勢いがあった。
『日付は正確じゃない。
けど、前の日が9月3日だったからその辺りだと思う。
まったくもう、せっかく彼氏とデートだったのにヤになっちゃう。
とにかく、わたしはベルホルンという国にやってきた。
国のお偉いさんの彼らはわたしを神子だという。
神子って何? 強気で聞いてみたら、相手はたじたじ。
でも、教えてくれたわ。
この国の行事とか式典に出るらしい。
そんなの異世界のわたしじゃなくてもいいでしょ?
って聞いたら、そういう風習なんだって。バカみたい!
人を勝手に神子にしてんじゃないわよ! しかも帰れないですって!
国王のアホ。ハゲろ!』
前の神子のレーコさんはとても激しい性格のようだ。わたしと違って国王さまにも食ってかかったみたい。
「ふふ」おもしろいなあ。
「はじめて笑ってくださいましたね」
「えっ!」
声がした入り口のほうに目を向けたらクラウスさんが立っていた。いつの間に。しかも、昨日よりも騎士の人みたいな鎧やマントを身につけているの。
「おはようございます、ミャーコ様」
「ミャーコ様」と呼ばれたのにモヤモヤした。昨日は許したけど、今日はどうしても嫌だった。クラウスさんには、ちゃんと「みやこ」と呼んでほしい。日記のなかのレーコさんみたいに強く主張したい。わたしだってできる。
「わたしの名前はみ・や・こ。猫みたいに呼ばないでください」
クラウスさんから顔をそらした。
「ミヤコ様?」
心臓が飛び上がるかと思った。様がついていたけど、お父さん以外の男の人に「ミヤコ」なんて呼ばれたことない。顔が熱い。ただでさえ、はれぼったくてひどい顔なのに。
「それで何の用ですか?」
「ジルベール様があなたとお話をしたいと」
「わたしと?」
たぶん、神子についての詳しい話をしてくれるんだと思う。昨日はほとんど話を聞いていなかったなと申し訳ない感じ。
「わかりました」
「では、世話係を呼んで参ります」
わたしはまだ知らなかった。世話係って本当にすみずみまでお世話をしてくれるんだってこと。




