第128話『玉座』
泣き出したマリアさん(親子の対面に感動したそうだ)が落ち着いたところで、レーコさんは彼女を使いに出した。
それからしばらくして、やってきた兵士とともにジルベール様はどこかへ連れていかれてしまった。抵抗もなく。遅れて、救護班が現れて、寝かされていた騎士たちを回収した。
残ったのはわたしとレーコさんだけになる。他には誰もいない。一応、親子水入らずな状態だけど、レーコさんとして話すのは慣れていなくて気まずく感じた。
それにできれば、牢屋にいるふたりに会いたいし、クラウスさんの無事も確かめたい。そう思って「ふたりに会いたいんですけど」と伝えたら、レーコさんに「ちょっと待って」と言われた。
何をするつもりなのか、レーコさんをずっと眺めていたら、彼女は玉座へと近寄っていく。
かつて、わたしのお父さんが座っていた玉座。玉座にはジルベール様が置き去りにした王の杖が立てかけられている。お父さんを殺した杖にはもう、持ち主はいなかった。
彼女は短剣を玉座の脚の横にそっと置いた。黒い手袋をとると、むき出しになった白い指で玉座のかたちをなぞっていく。まるでそのかたちを懐かしむみたいに。もしかしたら、わたしがここにいるのはお邪魔かもしれない。
そう思って「レーコさん」と呼んだら、指が止まった。やっぱり邪魔しちゃったかもしれない。自己嫌悪で落ちこみつつあったわたしを、レーコさんが見つけてほほえんでくれる。
「ミャーコ。これまでのこと、騙していてごめんなさい」
「いえ」
本当ならもう少し強い口調で不満をぶつけようと思っていた。早くレーコさんから本当の話を聞いていたら、神殿を出ることもなかった。ジルベール様との結婚話だって、何とか潰せた気がする。
だけど、いざとなると不満やうっぷんが出てこない。それほど、わたしは神殿を出てから過ごしてきた日々が好きになっていた。1年もいた神子としての生活より、フィンボルンやゲオルカでの日々が強く記憶に残っている。きっとしばらくは忘れないに違いない。だから、結局、出てくる言葉はこれだけ。
「レーコさんのおかげで楽しかったです」
顔もほころんでしまう。甘えて怒りたかったはずなのに。レーコさんは「そっか」と返した。
彼女が黙るとわたしもしゃべれなくなった。また静かな雰囲気で時間だけが流れていく。
ずいぶん長い時間だった気がするけど、レーコさんは玉座から離れた。手には王の杖を持っている。そして、わたしに向き直ると、晴れ晴れとした顔でほほえんだ。
「それじゃあ、行こっか、ジュリアとサディアスのところに」
ようやくふたりに再会できる。そう考えるだけで足取りが軽くなりそうだった。




