第122話『神聖な場所』
扉を開けると、すぐに赤じゅうたんが目に入ってきた。神子になる前にもこのじゅうたんに足を置いた気がする。でも、そのときとは明らかに状況が違っていた。目の前の光景に、わたしは声を上げそうになってしまう。
だって、誰も汚すことのできないはずの神聖な場所に人が倒れている。しかも、ひとりじゃない。何人もの騎士がじゅうたんに倒れこんでいるんだ。彼らは息をしているのか。心配になってしゃがみこもうとしたら、「やあ、ミャーコ」と呼びかけられた。
ミャーコなんて呼ぶ人は限られている。声の先を辿っていけば、それぞれ黒と赤の衣服をまとった男女が向かい合っていた。真っ赤なマントを羽織った男性は間違いなくジルベール様で、黒いドレスを身に纏った女性はルルさんだ。
ジルベール様はいち早くわたしを見つけたらしく、声をかけてきた。バレたのならこんな変装はいらないか。フードを後ろに落とすと。
「やっぱりミャーコだ。あなたが元気そうで安心したよ」
なんて軽やかな挨拶をしている場合ではないと思う。ジルベール様の顔の半分は髭で覆われていて、首を隠している。だけど今は、喉元を短剣の先で狙われていた。ルルさんがジルベール様に詰め寄っているのだ。
やっぱり、ルルさんはジルベール様を相手に復讐しようとしている。やめさせなきゃ。殺させちゃいけない。そう思って、わたしはふたりに向かって駆け寄ろうとした。
「近づいてはダメよ」
ルルさんから厳しく言われる。彼女がわたしの母親だからなのか、それとも王妃様だからなのか。強い言葉は、1歩も動けなくさせる。マリアさんもいるけど、彼女も身動きできないようだった。
どうにもならない中、ジルベール様は場違いにも笑い声を上げた。口の回りは髭で隠れているけど、目尻が下がっているから笑っているとわかる。
「ルル、あなたもやるね。まさか騎士たちをやっつけてしまうなんて、思わなかったよ」
ルルさんが騎士を倒したっていうの? この赤じゅうたんの倒れた騎士を全部? 騎士ってかなり訓練しているはずだけど。
「そうかな。まあ、ガストンやクラウスだったらこうもいかないけどね」
ルルさんは短剣を首に突きつけている状況なのに、世間話をするような軽い口調だった。ふたりの会話には何だか緊張感がない。どうしてこんなに淡々と話を進められるのか、わたしには不思議だった。
「そのガストンはどうやって森から出したんだい?」
「簡単よ。直属の部下の裏切りを知ったガストンは騎士団の面目を保とうとするでしょ?」
直属の部下?
「なるほど。クラウスも君側の人間だったわけか」
ルルさん側の人間ということは、やっぱりクラウスさんはわたしたちを裏切ったわけじゃなかったんだ。
わたしの見る目は間違っていなかった。だけど、一番にそれを伝えたい相手はいない。もどかしい気持ちを持ちながらも、ふたりからは目を離せなかった。




