第107話『暇潰し』
馬車のなかでは、やっぱり、サディアスとは気まずいままだった。話をすることもなく、ゲオルカまでたどり着いた。
日記やなんかで荷物がかさばりそうだったから、市場で丈夫そうな革袋を買った。サディアスにお願いしたとき、ようやく話しかけることができた。彼はかなりしぶしぶな感じだったけど、何とかうまくいった。
そんなサディアスも古本屋で本を買っていた。国語辞書くらいの厚みがある本で、おそらくは文字ばっかりの専門的な本だと思う。内容はまったく興味ない。
ちなみに、わたしは(お金はもちろんサディアス持ちで)、いつかフィンボルンの図書館で見つけた赤茶色の犬と少女の絵本だ。そのときはこの犬がサディアスに似ていると思ったけど、まだ本人には言っていない。言ったら怒られるのは目に見えているし、何より面倒くさい。
馬車に戻り、ちらっとサディアスに視線をやると、不機嫌な顔がこちらを見ていた。わたしの思ったことを知られるわけにはいかない。慌てて視線をそらせば、サディアスは気づいていないようで何にも言わなかった。
絵本を手に取って開いてみる。
「これ、なんて読むんだろ?」
当然、わたしは文字を読むことができない。ひとりごとのつもりだったのに、前の方からわざとらしいほどの長いため息が聞こえた。
「一度、教えたはずだが?」
「あんなの忘れちゃった」
1年前、確かにおおざっぱな文字の読み方を習った。でもね、こちらの文字は見覚えもない古代文字みたいなものなんだ。解き方なんてすぐ忘れてしまう。アルファベットだったらもう少しマシだったと思うけど、こんなの無理だ。
サディアスはものすごく険しい顔で怒っているように見えた。眉間のしわが濃いんだもの。すみませんねと、早く謝っちゃおうかなと思ったら、それはできずに終わる。
「いい。この馬車のなかできっちり思い出させてやろう」
凄味のある言葉とともに、目の前の鬼先生はどす黒い笑みを浮かべた。




