第106話『予想外』
目を開けたとき、わたしは誰かの胸のなかにいた。誰かなんてわかっているけど認めたくない。筋肉はあんまりないはずなのに、男らしく固い胸板がサディアスのものなんて。しかも、わたしなんかを助けるなんて考えられない。
顔を上げると、サディアスはわたしを抱きとめたまま椅子に座っていた。わたしはサディアスの足をまたぐかたちで、その上に乗っている。重いかもしれない。そう思ってサディアスの前に手を突きだしたんだけど、彼はもう一方の腕でわたしを囲った。
「離して、よ」
サディアスは何にも言わない。ただ腕の力を強めるだけ。
何がしたいんだ、この男は? おかげでわたしは無傷だし、暴れる気もすっかりなくなった。だから、解放してもいいでしょ。
いつまでこうしているつもりかと呆れかけていたら、頭上からため息が聞こえてきた。
「……予想外とはこのことだな」
「はっ?」サディアスの顔を見上げてみたけど、彼の視線はどこか遠くにあった。
「俺はお前が馬車の車輪にひかれようが、机の鋭利な角で頭をぶつけようが、何とも思わない」
「ひどい……」いくらなんでもひどすぎる。
「そうだ……」
続きを聞きたくなくて「いい、聞きたくない」と伝えたものの、通じなかったらしい。
「確かに何とも思わない……はずだった」
サディアスは疲れたようにため息を吐いて、なかなか続きを話そうとしなかった。「はずだった」の後が無性に気になってしょうがない。
「予想外だ」
「だから、何が予想外なんだって」
「しかも、お前相手に」
「わたし相手じゃ、不満なの?」
サディアスの瞳がようやくわたしを写しこんだ。驚いたように目が丸くなったと思ったら、一瞬にしてにらんでくる。眉間のしわが寄っていき、不機嫌なサディアスができた。そして、なぜかあれだけ強かった腕の力がゆるんだ。これなら立ち上がって自分の席に戻れる。その矢先。
「いつまでこうしているつもりだ? いい加減、重いだろうが」
「あんたが抱き締めたりするからでしょ」
「抱き締めたりなどしていない」
「いいえ、抱き締めてましたー」
自覚しているはずの本人は何も答えないで、ばつが悪そうに顔を窓側にそらした。わたしの腰に回されていた腕を力なくだらりと垂らす。わたしは完全に解放されたようだ。
それは別にいいんだけど、さっきは何であんなことになったんだろう? 案外、サディアスってわたしのことすき――違う違う! あるわけない! 嫌な考えに向かっている気がして、首を横に振る。否定したくせにわたしの顔は真っ赤に染まっているはずだ。
きっと、サディアスはこんなアホみたいなわたしが見たかったんだ。サディアスに種明かしをされる前に、今度こそ自分の席に戻ることにした。




