第104話『嫌がらせ』
胸の高鳴りをどうにか顔をそらすことで止めた。サディアス相手に緊張するなんてどうしちゃったのか、自分でもよくわからない。
しかし、理由を深く追求するのはとっても嫌な予感がする。わたしらしくない感情を見つけてしまうような気がして。だから、とにかく誤魔化すようにジュリアさんに話を振った。
「話は戻りますけど、ということはベルホルンに乗りこんでも問題ないですね」
「ええ、わたしもご協力できますし」
ジュリアさんの協力って何だろうと疑問に思ったけど、彼女の目が怪しく光った気がしてやめた。聞いてはいけないとどこかで感じたんだ。
話をしているうちに、外は小雨になってきていた。ジュリアさんを先頭にして、わたしはレーコさんの日記を抱き締めて、馬車へと向かった。馬車はちゃんと雨がしのげる木の下で待っていた。ジュリアさんがそこまで避難させていたのだろう。
後ろからついてくるサディアスの気配を感じていたものの、わたしはいないように振る舞った。だけど、馬車のなかに入ったとき、遅すぎることに気がついた。ふたりきりになってしまう!
案の定、わたしが座った反対側の席にあの長身は腰をうずめてしまう。もう2度とここからは動かないというみたいに。
わたしは馬車が動き出しても、窓から顔を離さなかった。カルウイックの風景が遠ざかり、馬車は街道へと移っていく。ゲオルカへと続く風景だ。何だかとても懐かしい気がする。
「おい」
何度目の「おい」だったのだろう、サディアスにしては大きい声だった。風景に集中しすぎていたわたしの耳には、声が届かなかったんだ。
「なに?」届いてしまっては仕方なく、できるだけ声に感情が出ないように平たくたずねる。
「まだ、怒っているのか?」
「え?」
「『悪魔のような娘』と言ったことだ」
「あ、ああ、あれね」
そういえば、失礼なことを言われた気がする。今考えても、確かに怒るべきところだ。サディアスに緊張するという変な感情が邪魔をしたおかげで、すっかりタイミングを失ったんだ。ようやくサディアスに顔を向けたら、彼はわたしを見つめていた。
「違うのか? では、何だ?」
そんな言い方をしたら、サディアスらしくない。まるでわたしに無視されたのがものすごく嫌だったみたいな感じじゃない。意外と落ちこんでいるようなので、悪魔だといわれたわたしは助け船を出すことにした。
「違わないよ。ただ、新しい嫌がらせ方を試してみただけ。わたしが怒ったら、いつもみたいにあんたは楽しそうに反論するでしょ」
「俺が楽しそうか?」
「うん」
無表情で眉は寄せているけど、時々目が輝くの。おもしろい本を探し当てたような目をするから、こちらも楽しくなって……。「あっ」自分でも今、気づく。
「お前も楽しそうだが、な」
サディアスだけには指摘されたくなかった。




