第103話『悪魔のような娘』
ジュリアさんいわく、レーコさんは何らかの仕掛けを用意しているはずだという。
「最後にわたしからご報告を差し上げたときに、『こちらも準備を整えておかなければ』とおっしゃっていました。おそらくはミヤコ様とサディアス様がご登城されることも予想されているものかと」
それなら心配することはないのかもしれない。でも腑に落ちないのは、すべてがレーコさんの思い描いた通りに進んでいるのかもしれないことだ。
知らないのはわたしとサディアスだけで、カルウィックまでの道のりも誘導されていたような気もする。マージさんやジュリアさんとの出会いも決められていたんじゃないか。
考えていくと、何だか、納得いかない。自分の意志で決めていたと思っていたのに、大きくくつがえされた気分だ。
それに、サディアスは体を壊してまで真相を探ろうとした。彼の苦労が無駄だったなんて考えたくない。だから、つい強い口調になってしまう。
「自分がレーコさんなら早く言ってくれれば良かったのに、何であんなまどろっこしいことしたのよ? ちゃんと言ってくれたら、クラウスさんやサディアスまで巻きこむ必要はなかったのに」
ジュリアさんは「ミヤコ様」と穏やかな声でわたしの名を呼び、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「それは、娘に自分が見てきたものを知ってほしかったという親心ではないですか?」
「だけど」
横で黙ったままのサディアスをちらっと見る。わたしの胸が音を立てた。だって、サディアスの目がわたしを見ていたから。いつからだろう。気づかなかった。
「サディアスは怒ってないの?」
「ああ、あの女がやりそうなことだ」
怒るどころか瞳は穏やかに見える。確かに、サディアスとレーコさんは親子みたいに親しくて長い関係なのは知っている。レーコさんとは「あの女」と言えるくらいの気安い関係なんだ。前は平気だったのに、何だか、面白くないのはなんでだろう?
「へえ、サディアスは許しちゃうんだ」
「許すも何もあの女はそういう性分だ。怒るだけ時間の無駄だ。お前にはわからないだろうがな」
「そうね。わたしには何にもわからない。お母さんだっていうレーコさんと暮らしたこともないし」
顔をそらしたら、明らかに長いため息が聞こえてきた。わたしに呆れているのだろう。説教をするつもりだろうけど、ますます面白くなくて、顔を横に向けた。話なんて聞きたくなかった。それでも、無理だったらしい。
「よく、あの女から娘の話を聞いた。娘はひどいかんしゃく持ちで、乱暴者。とにかく扱いづらい娘だと聞いた。その時の俺はまるで悪魔のような娘だと思ったものだ。実際、もっとひどいものだったが」
「ちょっと!」
拳を握って振り向いたわたしの目の前に真剣な眼差しが突き刺さる。言い合いに発展するかと思ったのに、サディアスの表情は優しい。何を言うべきか、忘れてしまった。
「俺には自分の母親の記憶はない。だが、あの女が娘の話をするときの呑気な声は、母親のものだったと思う。遠い場所にいる娘を想っていた。信じてやれないか?」
ずるいと思った。自分を引き合いに出して、諭すように言うんだ。ジュリアさんもグルになって、「わたしもそう想います」と言うように優しくほほえんだ。こんなのうなずくしかない。
でも、すんなりと同意する気にはなれなくて、少しふてくされたようにしなければならなかった。
「わかった、信じる」
眉根のしわをやわらげたサディアスの顔はどういうわけか、わたしの胸の音を高めた。




