第102話『恭しく』
廃墟の中に入ったわたしとサディアスは、手頃な椅子を見つけて座った。中にいたジュリアさんも加わって、話の輪を作る。雨漏りの音が相変わらずひどいけど、声を張って、レーコさんの日記の内容をサディアスに伝えた。
わたしがお姫様なんて言うのは恥ずかしかった。茶化すように話したのは照れ隠しだ。
すべてを聞いたサディアスは、「なるほどな」と言った。お姫様を横にしているのに驚いた様子がない。ちらっと見ただけで「しかし、お前が姫なんて、この国も終わりだな」と言ってくる。
やっぱりね。こいつの言いたいことは大体わかっている。ジュリアさんもわたしの予想が当たって驚いたのか、目を丸くさせていた。
「何よ、わたしだって好きでなったわけじゃないし。というか、あんたって、わたしが姫だってわかってもそんな態度なのね」
「何だ、うやうやしくされたいのか?」
「うやうやしくって……」
恥ずかしいけど、「うやうやしい」の意味がわからなかった。聞いてみたら、あきれているようなため息を吐かれてしまう。悪かったわね、と言いたくなったけど、口をつぐんだ。元侍女のジュリアさんの目がマリアさんのように見えたからだ。「はしたないですわ」と言われたくない。
「地位をふまえて、礼儀正しくふるまってほしいのでしょうかとおたずねしているのですが、おわかりになりませんか?」
サディアスの敬語は気持ち悪かった。同じような使い方でも、ジュリアさんのとは違う。それは嫌かもしれない。サディアスとは対等でいつも通りの言い合いをしていたいなんて思うんだ。
「うやうやしくなんてしなくていいよ。サディアスはサディアスのままでいい」
「なら、遠慮なく」
ちょっと間違ったかな。遠慮してもらったほうが良かったかもしれない。今から訂正しようかなと思ったけど、赤い髪の下の口元が笑っているのを見て、まあいいかと思う。わたしは心が広いのだ、サディアスと違って。
冗談はそのくらいにして「1番はこれからどうすべきかってことなんだけど」と話を変えた。
「戻るしかないだろう。ルル――レーコはベルホルンにいる」
「だよね」
ベルホルンに戻ることは当たり前の話だ。ルルさん――レーコさんだけど、復讐を止めるには直接乗りこむしかない。
「でも、サディアスは大丈夫なの? ほら、わたしを誘拐したみたいになっているし、ベルホルンに戻ったらやばいんじゃ」
「ただではすまないだろうな」
「そんなの! サディアスは戻ったらダメ!」
サディアスの目が丸くなるのを見て、自分がどれほどの大声を出したのか気づいた。大音量だった雨漏りの音が聞こえない。わたしの耳に久しぶりに届いたのは誰かさんのため息だった。
「お前は自分の心配をしろ。見つかれば、俺はせいぜい牢屋にぶちこまれるが、お前は確実に幽閉される」
「ゆうへい?」
「部屋に閉じこめられて、ずっと監視されるということだ、一生な」
一生。もし80歳まで生きるとしたら、おばあちゃんになって朽ち果てるまで同じ部屋で過ごすということ?
「そんなの嫌」
「嫌でもそうなってしまう、見つかればな。まあ、要は見つからなければいい話だ」
でも、どうやって?
「森から定期的に馬車が出ているのは知っているな」
「うん」フィンボルンで見た光景を思い出す。
「その馬車に乗らせてもらう」
「だけど、乗れたとしてもベルホルンのなかに入るのは難しいんじゃない?」
「おそらくは大丈夫かと思います」
黙っていたジュリアさんが急に話に入ってきた。




