第101話『濡れた髪の毛』
彼は腰を上げて、濡れすぼった赤い髪の毛の間から、わたしを見下ろしてきた。何も言わずに近づいてくるので、少し緊張してしまう。サディアスの表情からは感情なんて読み取れないし、「な、何よ?」と声が出た。
「雨が降っていたのか」
わたしを見て、今さら雨が降っていることに気づいたみたいにそうつぶやく。さっきのやりとり(風邪をひくのくだり)も無意識だったということか。
「今、気づいたの? こんなに降ってるのに……」
次の「バカじゃない」とは言えなかった。じっと見つめられて居心地がかなり悪いんだけど、視線を外すことができない。サディアスの手が上がった。まさかわたしに触れるの? 自分でもわけがわからない。胸が跳ね上がる音がする。
そう思ったら、サディアスは濡れた赤い髪の毛を指で後ろに流した。重たい髪の毛がうっとおしかったらしい。確かにわたしの長い髪も、帽子をどこかに忘れたみたいで重みでだらんと垂れ下がっていた。
何でサディアスがわたしに触れると思ったんだろう。
彼はわたしの感情なんて知らずに、横を通り過ぎていく。お墓とお墓の通路は少し狭くて、お互いの濡れた衣服が横をかすめた。
わたしは思わず、遠ざかろうとする背中に「どこ行くの?」とたずねた。振り返りはしないけど、足を止めてくれる。
「これだけの雨だ、建物の中に入る。どれだけ丈夫なバカでも風邪をひくだろう」
「丈夫なバカって誰のことよ!」
「さあな」
その口調は面白がっているに違いない。きっと、貴重な笑みも浮かんでいるはずだ。彼はわたしに見せることなく、また歩き出してしまう。
こちらはサディアスの過去の話を聞いて、少しは心配していたんだ。嫌なことを思い出したんじゃないかとか、いろいろ。それなのに、やっぱりサディアスはサディアスだった。
「わたしの心配を返しなさいよ……でも、良かった」
たぶん、声は聞こえていない。背中は大分、小さくなっていた。




