親友がブレなさすぎてあまり危機感が持てない件
残念なことに、一人違う世界へと飛び立った親友と碌な会話をする暇もなく、その後母が戻ってきて私たちは別れることになった。
後日会う約束だけはできたけど、あの子ちゃんと覚えていてくれるだろうか。むふふと最後まで笑っていた様子を思い出すと心配でたまらなくなる。何といったって、こっちは相手の情報を殆ど覚えてないのだ。
この場所に一人じゃないことは良かったけど、本来は頼りになるだろう相手があんな状態だとかなり不安だ。
そもそも、ミカはどれ位覚えてるんだろうか。私(桃西薫)と秋白朔のことは分かってたみたいだけど、他の人物については?
秋白朔関連のこと以外はさっぱり覚えてないなんてことはさすがにないと信じたいけど。
いやいや、まさかそんなこと、……うん、すごくあり得そうで怖いわー。ここは私がちゃんと思い出さなきゃ!
とりあえず、今確実に分かっていることを整理しておこう。
学園定番乙女ゲームである『きみこい』には攻略キャラが5人いて、そのどれもにライバルが用意されていた。
ちょっと曖昧だけど、内訳は生徒会長に副会長、睡眠ワンコにバイオリン少女、紳士テニス少年に快活バスケ少女。そして、武士系少年に大和撫子、女たらしチャラ男にプライド高いモデルだった筈だ。
その内の、武士系男子が秋白朔で、その朔ルートを選ぶとライバルキャラとして登場する大和撫子が私、桃西薫である(本来は正統派大和撫子だったのに中が私だと考えるとなんちゃって大和撫子になる予感しかしない。寧ろ、笑をつけて誤魔化したい)
因みに、秋白朔を大本命とするミカは、何の因果かチャラ男ルートのライバル、小南杏になっていた。…冷静に考えると色々とひどいな、これ。本人も言ってたけど、何でミカが桃西薫にならなかったのだろうか。あ、でもそうなったとしたらヒロインに取られる可能性があるから、それを考えればほとんど接点のない杏になった方が良かったのか。
ゲームでは秋白朔は杏に対してほぼ良い感情を抱いてなかったみたいだけど、中身がミカである以上、同じようになることはないだろうし。そもそもゲームと違って、杏は秋白朔が好きなわけだから、そのビジュアルすらもゲームと異なるものになりそうだ。
「やれやれ、中身も外見も全く違うとか、とんだ原作ブレーカーね」
とはいえ、それはミカというか杏に限ったことじゃないけど。
本当の桃西薫(もう面倒だから彼女としよう)は、幼少の頃に婚約者となった秋白朔にゆっくりと恋していった。一目惚れなんて劇的なものじゃなく、長年傍にいたからこそ積もり積もった恋心というわけだ。
だから、今私が秋白朔に恋してなくても別段彼女との差異はない。
でも、ミカが同じ世界に存在していると知った今は違う。私は、友達の好きな人に恋愛感情なんてもてない。もし彼女が一目惚れだったとして、今既に私の中にその想いがあるならば話は別だけど、そうでない限り、秋白朔は私にとって恋愛対象外だ。
まあそれも、ミカがこの世界でも秋白朔を好きでいればの話だけど、先程の様子を見る限りその可能性はかなり高そうだし。
となると、私の行動は決まっている。出来る範囲で秋白朔とミカもとい小南杏をくっつけること。これに尽きる。
幸いなことに、私たちはまだ婚約していない。ゲームで幼少期とあったからもうすぐだろうけど、2人して反対すれば互いの両親だって無理強いはしないだろう。
というか、2人が婚約したのだって家同士の結びつきがとかそんな大層な理由じゃなく、酒の席で冗談交じりのことだったと思うし。
ゲームやってた時はさらっと流したけど、いざ自分がその立場になるとひっどい理由だなぁ。そんなので将来の伴侶決めてほしくないわー。
基本的に良い家族なんだけど、たまに下らない理由でよく分からないことするんだよね、うちの家族。あ、これは薫の物心ついた時の記憶から判断してのことだ。ゲームでは彼女の家族なんてほぼ出てきていないに等しいから、私は全く覚えていない。
というよりは、ゲームのキャラの中で家族について覚えてるのなんて一人しかいないといった方がいいか。
『きみこい』は割とほのぼのしているゲームで、だからこそ家族間の問題なんてほぼ無いに等しい。
それこそ、御曹司が家族と確執しているなんてありがちなシチュエーションもないのだ。
そんな『きみこい』で唯一存在して、だからこそ余計にえぐく感じるのが、チャラ男(残念ながら名前は覚えていない。赤が付いていた記憶はある)の家族の問題。他と比べるとチャラ男一人だけ本当に設定が重いから、制作者はチャラ男に恨みでもあるのか、とかなり議論された程だ。
だからこそ、もしこの世界が本当に『きみこい』そのもので、ヒロインも存在しているなら、出来れば彼女にはチャラ男を選んで救ってもらってほしい。
と、そこまで考えてから、私は今、自身が5歳であることを思い出した。つまりは、チャラ男も同じだということだ。
「ということは、今なら間に合う?」
ぽつりと呟いた声は、何故だか殊更大きく聞こえた気がした。