きっかけは親友(と書いて変態と読む)との邂逅
「うはぁ。ちっちゃい朔ちゃん可愛いよー。あの神スチルをまさか実際にこの目で見られるなんて幸せすぎて卒倒しそう。むふふ、朔ちゃんprpr、まじ天使」
隣にいた、一見するとビスクドールのように整った顔の女の子が呟いた言葉を聞いた瞬間、脳裏に一人の女性が浮かび、それを皮切りに全てを思い出してしまった私は、一気に頭の中に入り込んできた情報量に耐えきれず倒れ込んだ。
当たり前だ。5歳の幼女に、極一部分とはいえ20歳の人間の記憶が流れ込んだのである。倒れない方がおかしい。
それでも、今を逃したら次いつまた会えるか分からないと、薄れゆく意識の中、必死で隣の子に手を伸ばした。
桃西薫として生を受けて5年。
こんなにも、ファイトぉ! いっぱぁつ! な体験をしたのは初めてだった。
いや冗談でなく本当に、この手が届かなければどうなるか分からないという恐怖があったのだ。
だから、その子がびっくり眼で私に振り向いたのを確認して、私は意識を手放した。
目覚めた時、まず目に入ったのは母の安堵した笑みだった。
そのまま、大丈夫かどこか痛いところはないかという母の問いに答えている内に、私はその隣に一人の女の子がいることに気付いた。
それは間違いなく、気を失う前に私が手を伸ばしたあの子だった。
残念ながら倒れたために掴んだその手は放れていたけれど、そんなことはどうでもいい。彼女自身が私の目の届かない所に行っていなければそれで良かったのだ。
「杏ちゃんも心配してずっとついていてくれたのよ。折角、試合を見に来ていたのに本当にごめんなさいね」
「いえ。気にしないでください」
私の視線に気づいたらしい母が、前半は私に、後半は彼女に向かって言い、彼女は可愛らしい声ながらもしっかりとそう答えた。
だけど、私は2人の会話よりも、彼女の名前の方に気を取られた。
「あんず、ちゃん?」
まじまじと彼女の顔をしっかりと見つめる。
色素が薄いのか、アーモンド形の瞳も、少しウェーブがかった肩までの髪も薄茶色。少し気が強そうに見えるその顔は、最初見た時に思ったように、まるで人形のように綺麗だ。
そういわれてみれば、記憶にある少女の面影があるような気がしないでもない。
「それよりもおばさま、かおるちゃんが目を覚ましたこと伝えた方がいいんじゃないですか?」
「あ、そうね。あの様子だとあの人大分無理してまで来そうだし。心配ないって言ってこなくちゃ。…薫、ちょっとの間待っていてね。すぐ戻るからね」
安心させるようにさらりと髪を撫でられ、こくりと頷く。
その間も、私の視線は彼女にあった。
そうして母が部屋から出たのを機に、気になっていたことを尋ねようと口を開いたけれど、その問いが声に出ることはなかった。
唐突に思ってしまったのだ。
先程のあのセリフから、彼女もまた私と同様の存在だということはほぼ間違いないだろう。だけど、だからといって、それで彼女が私の思った人間とイコールだとは限らないんじゃないか、と。
衝撃的なあの言葉は確かにかつての知り合いを彷彿させたけど、ただ単に彼女がその子と同類だったという可能性もあるのだと。
だから、何と言えばいいか分からなくて、私は口を開けては閉じるという動作を繰り返すことしかできなかった。
「あせらないでいいよ、かおるちゃん」
そんな私を見て、杏と呼ばれた少女はぎゅっと優しく手を握って笑ってくれた。
「…ううん、エリ、って言ったほうがいいかな?」
直後に、とんでもない爆弾を落としてくれたけれど。
これは夢なのか、はたまた生まれ変わりといった荒唐無稽な話なのかは分からない。現段階では判断材料が少なすぎる。
ただ言えるのは、私は、いや私たちはこの「世界」を知っているということだ。
そう。『きみこい』という乙女ゲームの舞台となっていたこの世界を。
前世(といっていいかはまだ微妙だけど)の私は大学生だった。
5人家族だったとか、親友のミカのことだとか、一緒にしたゲームのこととかそんなことぐらいしか覚えてないし、大学に通ってから先のことはさっぱりだから、もしこれが来世だと仮定すると私の人生は二十歳ぐらいで終わったことになるわけだけど。
まあそこらへんは、考えても今は答えが出ないことだろうから置いておこう。
問題は、朧気に覚えている、ミカと一緒にプレイしたゲーム『きみこい』のことだ。
『きみこい』。
それは、ある日学園に転入してきたヒロインが、攻略キャラたちの心の隙間を埋めていったり、心の闇を払ったりして、最終的には私たち2人で幸せになりますと締めくくる、よくある学園乙女ゲームの一つである。
ルートによっては、結局誰ともくっつかなかったり、誰か1人なんて選べない! みんなで幸せになろうなんて逆ハーエンドもあったけど、基本的には2人の男女が1年間きゃっきゃうふふと青春するわけだ。
一応、私は全キャラの全エンドを見た。
ただし、攻略ページを見ながらやってたため正解の選択肢しか選ばなかったし、特にハマったキャラもいなかったから、各キャラとも名前(もしくはあだ名)とビジュアル、いくつかのイベントを覚えてるだけだ。
とあるキャラにハマりこんで、わざとはずれの選択肢も選んでは全会話を網羅し、何度もそのキャラのルートを繰り返していたミカと比べると、そういった意味ではこのゲームにあまり思い入れはないと言える。
現に、今日私がこの場所に来る理由を作った人物で、ゲームの攻略キャラの一人でもある秋白朔を見ても私は何ら思い出さなかった。
というか、そもそも私自身や家族を見てもどこか既視感はあれど思いださなかったんだけど。
「それにしても、まさかエリが薫ちゃんになるとはね。私自身のことですらビックリだったのに更なる衝撃。ていうか、羨ましい。朔ちゃんの婚約者になるとか、まじ嫉妬。代わってほしいわ切実に」
例えば、今目の前でぶつぶつと唸っているミカが私の立場だったとしたら、それはもう確実にすぐ思い出していただろう。
…ていうか、おい。さっきもそうだったけど、天使みたいに愛らしい杏ちゃん(5歳)の顔で、そういうこと言うのやめれ。何か色々と悲しくなってくるわ。
「はっ! となると、朔ちゃんが私の婚約者!?むは、楽園ktkr」
にやにやと相好を崩す美少女を見て、本物の杏ちゃんごめんよ、と私は心中で謝罪した。
いやほんと、あんた杏ちゃん並びに杏ちゃんファンに土下座した方がいいと思うよ!キャラ崩壊甚だしすぎる。