可愛すぎる攻略キャラに私の精神は崩壊寸前
私が頬をつねるなんて考えもしてなかったのだろう。夏園くんは、何が起きたのか全く分からないといった風に、僅かに口を開いてこちらに視線を向けた。つい先ほどまでの、5才児には不釣り合いな暗い表情から一変して、それは、年相応のあどけない表情だった。
夏園くんに引っ張られるように平静を失いかけていた私は、そんな彼の表情にほっとして、何とか急いていた気持ちを落ち着かせることができた。
いかん、いかん。パニック状態の人間の相手をするときは何をおいても平常心、と。冷静を取り戻しつつある頭で、自分に言い聞かせるように繰り返して、私は、夏園くんの頬から手を放した。
「いきなりつねってごめん。だけど、一人でかってに話を進めないで。…私の話も聞いてよ、かえんくん」
びっくり眼だった彼が、私の言葉に、びくりと体を揺らし、哀しそうに顔を歪める。そして、暫く何かを言いたそうに唇を開いては閉じていたけど、結局何も言葉にすることなく、静かに頷いた。
その一連の動作で、また悪い風に捉えられてるんじゃないかと思った私は、彼に向かって、違うからねと呟いた。
「私が言いたいことは、かえんくんが考えてるようなことじゃないよ。あと、先に言っておくけど、これから話すことは、かえんくんに気をつかったものでも嘘でもない。間違いなく、私の本心だよ。それは、信じてほしい」
じっと視線を合わせて告げれば、彼は、暫しの沈黙の後、了承の意を示した。
「ありがとう。それじゃあ言うね。まず、何よりも知っておいてほしいことなんだけど、私も…私だって、かえんくんが好きだよ。嫌いになったりもしてない。私は今だって、かえんくんが好きだし、仲良くしたいって思ってる。あのやくそくがあるからじゃない。私は、私の意思で、かえんくんと一緒にいるんだよ」
「……え、」
きっと他の誰かが言っているのを聞けばむず痒くなるようなことを、私は話していると思う。まさか、こんなことを言うことになるとは、自分でも思ってもみなかった。恥ずかしくてたまらない。それでも、今言わなきゃ、きっとこの先ずっと、今日の出来事は夏園くんの傷になると思うから。だから、私は、羞恥心をかなぐり捨てて、先を続けた。
「かえんくんが許してくれるなら、これからも今までみたいに遊びたいと思ってる。もし、来れない日があれば、今度は先に言っておくよ。そうすれば、かえんくんだって昨日みたいにずっと待ってなくていいもんね。そうだ! それに、お互いの家の電話番号を教え合っておけば、会えない日も話せるよ。きっと、話すだけでも楽しいと思うんだ」
と、そこまで言って、私は、夏園くんが、ただただ私を見ていることに気付いた。そこには、驚きとか疑いの類は含まれておらず、本当に、見つめているだけといった感じだったものの、かえってそれが、私に羞恥を思い出させた。
知らず知らず、早口になり、声も震える。
「えっとね、だから、その、これからも私と仲良くしてほしいんだけど、…ダメかな?」
どもりながらも、どうにかそう問うた私と、凝視つづける彼。
何これ、恥ずかしい。
もうやめて! 私のライフはゼロよ!
心なしか、熱を帯びてきたような顔に手をあてて、夏園くんの視線から逃れるよう下を向く。
さすがに必死過ぎて、引かれただろうか。やっぱり、電話番号を聞くのはもうちょっとしてからの方が良かったかもしれない。だけど、万が一、家で何か会った時に呼んでもらえる手段を確保しておきたかったしなぁ。というか、会えない日は電話で話すっていう提案、結構良かったと自分では思うんだけど、実はそうでもなかった?うわー、よくよく考えれば、5才児が会えない日は電話でとか、ちょっと言わない気がする。すごく、やっちまったぜ感。
もう、断るでも引くでもいいから、さっさと楽にしてほしい。せめて、無言はやめて。何か喋って!
この場を漂う何ともいえない空気が居たたまれず、何か反応してくれと促すつもりで、ちらりと顔を上げる。そこにきてようやく、私は、夏園くんの顔が真っ赤に染まっていることに気付いた。
「え、あの、かえんくん、どうしたの?大丈夫?」
今は夏だけど、昨日もずっと待っててくれたっぽいし、もしかして風邪を引いたのかもしれない。只でさえ、環境が変わって精神的にも身体的にも疲れてるだろうし。とりあえず、今日の所は解散して、家でゆっくり休んでもらおう。うん、そうしよう。
「具合悪いなら、お家で寝てた方がいいよ。何なら、私、送って」
「う、ううん、大丈夫! それより、かおるちゃん」
「わっ、どうしたの?」
やっと喋ってくれたかと思いきや、急に、ぎゅっと手を握られて驚く。だけど、次いで耳に入ってきた言葉に、先程とは違う意味での熱が一気に上がった。
「ぼくも、かおるちゃんがすきだよ。だいすき。かおるちゃんがそばにいてくれれば、それだけでぼくはしあわせなんだ。だから、かおるちゃんがぼくといっしょのきもちだって分かって、すごくうれしい。ありがとう。ずっと、ずっといっしょにいようね。だいすきな、かおるちゃん」
それは、前に見た天使の笑みよりも更に破壊力抜群の、輝かんばかりの満面の笑みとともに告げられたのだった。