攻略キャラが変にネガティブで、私もそれに染まってしまった結果
「だいじょうぶだよ、かえんくん。私は、ぜったいにやくそくをやぶらない。かえんくんがのぞむなら、ずっと一緒にいるよ。一人になんて、しない」
「ほんと、に?」
「うん。昨日は、さびしい思いをさせてごめんね」
言葉を選びながら一語一語かみしめるように口にする。それでも、半信半疑なのか、夏園くんの瞳は未だにどこか澱んで見えて、向かい合うと、改めてどきりとした。勝手な思いだけど、小さい子はもっと元気な目、それこそ一昨日までの彼のようにきらきらしててほしくて、私はとにかく必死に言葉を続けた。
「それと、あのね、私も、かえんくんともっと仲良くなりたいって思ってたんだ。だから、かえんくんが仲良くしてって言ってくれてすごく、すごくうれしい。ありがとう、かえんくん」
「えっ」
それまで暗かった彼の表情が、呆気にとられたそれに変わる。何にそんなに驚いたのか、夏園くんは完全に虚を衝かれたようだった。
「ん?どうしたの?」
「なんで、ありがとうなんて…」
「だって、私と同じように、今よりも仲良くなりたいって思ってくれたんだよね。それ聞いて、本当にうれしかったから。だから、うん。やっぱり、ありがとうが一番今の気持ちにぴったりな言葉だと思う」
その執着は驚いたし、ちょっと怖かったけど、よくよく考えるとそれだけ好意を持たれているということだろう。そう思えば、夏園くんからの好意自体は、素直に嬉しかった。だから、そう。それは、私としてはただ真情を吐露しただけのつもりだった。けれど、彼にとっては酷く動揺を与えるものだったようで、夏園くんがふるふると震えだしたのが、触れた先から感じ取られる。
「ぼくのこと、いやになったりしないの?」
「いやになるって、何で?」
問われて、心底不思議に思う。
というより、つい今し方、嬉しいと言ったばかりだと思うんだけど。あれ?うまく伝わってなかったんだろうか。もう一回、今度はきちんと分かってもらえるように言ったほうがいいのかな。
と、悩み始めた時、夏園くんが、だって、と声を荒げた。
「お母さんは、ぼくがいっしょにいたいっておねがいしても、何も言ってくれなかった。ぼくはそれがかなしくて、もう一回おねがいしたけど、しつこいっておこられただけだった。だから、ぼくは、そんなおねがいをするのはいけないことだって思ってた。ぼくが、あんなことを言ったから、お母さんはぼくのこといやになっちゃったんだって。あんなこと、言わなきゃよかったって」
「そんな…そんな悲しいこと言わないで、かえんくん。私は一緒にいるよ。そう、やくそくしたよ」
「うん。かおるちゃんは、やくそくしてくれた。でも、やっぱり、それがいやになっちゃったから、昨日は来なかったのかなってこわかった。かおるちゃんも、お母さんみたいに、いなくなっちゃうんだって、ぼくは一人ぼっちなんだって思うとさびしかった」
聞いているだけで、胸が痛くなるような慟哭だ。
その声が、その自嘲めいた表情が、初めて会った時のように高校生の彼を彷彿させる。
そんな顔をする彼を見たくなんてなかった。そんな風に悲しませたくなんてなかった。それなのに、他の誰でもない私自身が、彼を傷つけてしまったなんて。
私は、昨日会えないことを夏園くんにきちんと伝えなかったことを、激しく後悔した。
「ごめん。ごめんね、かえんくん」
「泣いてるの?かおるちゃん」
「本当に、ごめんなさい」
「泣かないで。ちがうんだ。かおるちゃんはわるくない。わるいのはぼくなんだ。かおるちゃんが別の子とあそんだって聞いて、かおるちゃんはぼくよりその子を取るんだって思うとこわくてたまらなくて。だけど、だからってあんな風に言うなんてまちがってるよね。あやまるのはぼくの方だ。ごめん、かおるちゃん」
そんなことない。夏園くんの心に負った傷を慮らず、寧ろ、傷口を抉るような真似をした私が、やっぱり浅はかだったんだ。私は、夏園くんは悪くないよと必死に首を振った。
「やさしい、かおるちゃん。ぼくは、そんなきみがだいすきだよ」
「へっ!?」
「けど、だからこそ、こんなぼくじゃきみのそばにいられないんだってわかってる。きみが、そのおもしろい子の方をえらんで、ぼくに見向きもしなくなるなんて分かってるんだ。…お母さんが、ぼくといっしょにいるってやくそくしてくれなかったのも当たり前だ。ぼくは、こんなにもみにくいんだから」
「っ。待って、かえんくん、お願いだから私の話を聞いてっ!」
「きっと、君はぼくをきらいになったよね。当然だ。ぼくは、きみをせめるようなことをした。最低だ。いくら、あたまに血が上っていたとしても、ゆるされることじゃない。ぼくは、ぼくは、結局ずっと一人でいるべきうんめいなんだ」
私の言葉なんか少しも届いていないようで、ぶつぶつと、また暗い表情になって呟く夏園くん。それが悲しくて寂しくて。あと、ちょっとだけイラっともして、私は、そんな彼の頬を軽く引っ張った。