親友と攻略キャラの意外なる縁
「一度婚約を結んだらそう簡単に解消できないし、いざ解消したとなると、ある程度の噂が流れることも覚悟しないといけないけど、それを全部踏まえた上での決意なのね?」
「人一人を助けようとしてるんだから、元より全て覚悟の上だよ」
念を押すように尋ねられ、きっぱりと答える。それに対して、杏は、少し眉根を寄せたけれど、暫しの沈黙の後で深く息を吐いた。その表情は、どこか諦めが混じったものだった。
「そこまで決めてるのなら、もう何も言わないわ。言ったところで、どうせ聞きはしないんだろうし」
「うん、ごめんね」
「謝られる筋合いはないわよ。ただし、そこまで覚悟してるのなら、絶対に助けなさいよ。赤羽くんが酷い目に遭うこともだけど、何より、そこまで首を突っ込んでおいてダメだった時に傷つく薫なんて見たくないわよ、私」
「分かってる。私だって、そんな未来はごめんだよ」
だから、これからは今以上に気を引き締めて事に当たらないとね。そう私が続けると、杏は立ち上がって、窓側にあった机の引き出しからイチゴ柄の可愛らしいノートを取り出した。それを数ページ捲ってから、目的の部分を見つけたのか、私のもとにやってきて、開いた状態のノートを渡してくる。
そこには、何を表すものかはさっぱり分からないけど、いくつかの日付と時間が書かれていた。最初の2つは既に過ぎており、その他の日付も明日やら明々後日やら、今からだとそう日がないものが多い。
「何?これ」
「薫のSAN値が削られないように、私なりに色々調べてみた」
「え、なにそのドヤ顔」
一体この日付にどんな意味があるのかと、もう一回まじまじと見るが、やっぱり皆目見当が付かない。これがなんなのか早く知りたいけど、杏のドヤ顔が無駄にきまりすぎて、素直に聞くのが躊躇われた。
「反応薄い。つまんなーい」
「はいはい、ごめんね。で?これ、何なの?」
「ノリ悪いなぁ、もう。ま、いっか。これね、赤羽代議士の直近のパーティ参加スケジュール。とりあえず、私たちでも参加可能なものだけ書いておいた」
「何…だと…?」
今、さらりとすごいこと言ったんだけど、この子。え、何で、そんなの調べられるの?いやいや、演説会とかならまだしも、そんなプライベートなことって、普通は調べられないよね?あれ、それとも、この世界って、そういうの調べられるの?
予想外のことに、私の頭は大混乱状態となった。ていうか、こんなの混乱しない方がおかしい。
「私もつい数日前知ったんだけど、父方の叔父が、赤羽代議士の友達でね、今は臨時運転手もやってるらしいの。で、この前遊びに来た時、何も知らない振りして色々聞いちゃった」
「友達って…じゃあ、叔父さんから、夏園くんの状況を説明してもらった方がいいじゃん」
「あのね、私と赤羽くんはまだ出会ってもないんだよ。それなのに、赤羽くんの状況知ってるとかおかしいでしょ。薫だって、まだ、お母さんに置いて行かれた、家は居心地が悪いとしか知らされてないんだし。まあ、次会った時には、私の友達が知り合いのことで悩んでたってことで、それとなく言ってはみるけど」
「うわー。すごく、人選間違った感。これ、私じゃなくて、杏が夏園くんに会いに行った方が良かったよね」
それか、私と杏の立場が逆だったら良かったんだろうか。って、今更、この世界のことを知った時と同じようなことを思う破目になるなんて考えてなかったわ。思わず頭を抱える私とは対照的に、杏は感心したとばかりに呟いた。
「本当にね。小南杏と赤羽夏園にここまで接点があるとは思ってなかったわ。一応、2人がくっつくお膳立てのようなものはされてたのね。杏自身がアレなのと、赤羽くんの過去が酷いせいで、それとは分からなかったけど。これ、設定というか展開次第では、ライバルキャラの中では杏が一番の強敵になったんじゃない?残念なことに実際はお察しな内容だったわけだけど」
「ライバル四天王最弱とか揶揄されてたもんね、杏…。まあ、ラスボス(?)含め、ライバルキャラ全員が強敵ってわけじゃないヌルゲーだったし、そこらへんも設定だけで展開はしないつもりだったんじゃないの?寧ろ、そこまで設定されてたことに驚いたわ」
「ああ、そうね。あのディレクターだもんね」
うわー。自分が言ったこととはいえ、あの制作者だからで納得されるってどうなんだろう。もしかして、私が知らないだけで、この制作者、他にも何かやらかしてたりするんだろうか。私は、この制作者のゲームは『きみこい』しかしたことがないから分からないけど。と、杏の苦虫をかみつぶしたような顔を見ながら思った。
「そもそも、杏の叔父設定だって中途半端すぎる。舞台となる高校生の時には、もう日本にいないみたいなのに、何でこの設定作ったのよ、マジで。いらないでしょ。誰得設定だよ、ディレクター得か!」
「あ、杏、落ち着いて」
「微妙なのばっかりだったらすっぱり切れるのに、ゲームに一人は私好みのキャラがいるから本気で困る。何なの、あのディレクター。私のツボ、心得すぎ。悔しいっ、でも朔くん大好き」
「お、おう…」
どうして、制作者批判から朔くんの話になったのかは謎だけど、その後もずっと、杏の制作者話もとい、朔くん及び他ゲームキャラへの熱い愛の叫びは続いたのだった。
夏園くんを助け出す作戦会議はほぼ終わってたから、別にいいんだけど…それでも言いたい、最初の約束どこいった。