歪みない親友との攻略キャラ救出作戦会議なう
考えが表情に出ていたのだろう、杏は私をちらりと見てから、ため息交じりに言った。
「気持ちは分かるわよ。私も最初見た時そう思ったしね。でも残念ながら、そう悠長にドン引いてられないの」
「は?まだ何かあるの?」
「資料集には、そんな理由から、赤羽くんは引き取られて1ヶ月程度で義理の母親の被害に遭う、と書かれていた。どういうことか、分かるわよね」
「一ヶ月程度って…つまり、早ければ数日中ってこと!?」
私の叫びに杏が無言で頷くのを見て、戦慄が走った。タイムリミットまでそんなに時間がないことは分かっていたけど、まさかここまで余裕がないとは思ってもいなかった。
「ああもう! 本妻、堪え性が無さすぎる」
思わず零れた愚痴に、杏が、全くねと呆れたように呟いたのを尻目に、私は夏園くんが赤羽家に引き取られてからの日数を頭の中で計算した。私と夏園くんが会ったのが半月程前、正確にいえば16日前。出会った日には既に、夏園くんは赤羽家に引き取られていた。その時点でどの位の日数が経っていたかは分からないけど、夏園くんがちょっと前までお母さんといたと言っていたから、そこまで日は経っていなかった筈だ。ただ正直、5才児のちょっと前がどれ位前を指すのかがよく分からないから、そこが不安だ。数日なら良いんだけど、これが一週間以上となると、愈々もってタイムリミットは目前ということになる。ここは出来るだけ正確な数字を出したいところなんだけど、夏園くんに聞いて分かるだろうか。と、そこまで考えて、私は思い出した。夏園くんが引き取られたのが、誕生日当日だったことを。
「杏! 夏園くんの誕生日、覚えてる?」
寧ろどうして今までそれを忘れていたのかと自分を激しく問い詰めたい。これ程、明確に日付が分かるものはないのに。やはり、人間、動揺すると頭が真っ白になるということだろうか。まあ何はともあれ、これで詳しい日数が分かる、そう喜んだのも束の間。杏は、私の問いに首を傾げた後、ふるふると横に振った。
「覚えてないよ。ていうか、朔くんの誕生日しか覚えてる訳ないじゃん」
「何で!? だって、資料集読んだんでしょ?」
「読んだよ。でも、さっき言ったじゃない。朔くん以外のページはあくまで一応目を通しただけって。赤羽くんの設定みたいに印象に残れば覚えてるけど、誕生日なんて身近の誰かと一緒とかじゃない限り、印象に残らないよ」
「うっ。言われてみればそうだけど」
それでも、これまでの流れから、杏が知っているとばかり思っていた私は落胆した。とはいえ、本人に聞けば解決するからそこまで深刻な問題でもないんだけど。明日会った時にでもさり気なく聞いてみるかな。そう計画だてると、私は次の問題について杏に相談を持ちかけることにした。
「まあそれについてはいいや。で、タイムリミットが近いと分かった今、是非聞いておきたいことなんだけど、どうすれば夏園くんを助けられると思う?」
「ん?うーん、そうだなぁ。ノープランってことはないんでしょ。とりあえず、今考えてる案を教えて」
「了解。今考えてるのは二つ。一つ目、おとりを使う。二つ目、父親に夏園くんが大切な存在だと思わせる。成功率が高そうなのはこの辺かな。後は、悪評をもっとばらまくとか、義母の弱みを握ってそれどころじゃなくさせるとかも考えたけど、この辺は時間かかるし、成功率も低そうだからセルフ却下しといた」
告げると、杏が、二つの案を詳しく説明するよう要求してきたので、私は今まで考えてきた計画について簡潔に述べた。
「まず一つ目。これは義母が好むような子どもを探してそっちに集中してもらうってこと。けど、いくら人助けとはいえ、同い年位の子が犠牲になるっていうのは後味が悪いので、あまり実行したくはないかな。効果的ではあるだろうけどね。次いで二つ目、父親に夏園くんは己にとって役立つ存在、つまりは利用価値のある人間だと思ってもらうこと。父子の情を訴える作戦は時間がないからこれまた却下だけど、自分にとって役に立つと思わせることはすぐにできるんじゃないかな。幸い、夏園くんの父親は、少しでも後ろ盾が欲しいだろう地位にいるみたいだしね」
「…成程ね。だけど、どうやって役に立つと思わせるのよ。まさか、桃西の力を使うつもりじゃないわよね?」
「ご明察。この際、使えるものはとことん使わせてもらうわ」
ぐっと親指を立てて笑う。杏は、信じられないとばかりに顔を顰めて、天を仰いだ。
桃西の家は、代々続く茶道の家元で、古くは将軍家や皇室とも関係があったといわれている流派だ。その影響力は今現在も続いており、我が流派には、官僚や企業の会長、社長夫人も数多くいる。それ故に、桃西の人間がそういった家々に嫁ぐことも珍しくはない。現に、私の従姉は、近々とある大手製薬会社の社長子息と婚約する予定だ。
だから、夏園くんの父親に、夏園くんが私=桃西薫と仲が良いと思ってもらうことは、彼の存在価値を高める十分な理由になると思う。勿論、ただ仲が良いだけじゃ、あまり効果がないことも分かってる。
「ちょっと待って。家の力を使う、赤羽代議士に利用価値を見出させる。これがどういう意味を持つか、本当に分かって言ってるの?」
「当然。私と夏園くんが婚約することだって、考えてるよ。というより、それしかないんじゃないかな」
夏園くんに拒否されれば話は別だけど、そうでなければ、私たちがある程度成長するまで婚約してもらう。この世界に来てからずっと夏園くんを助ける方法に関して考え続けた私は、それが、一番の解決策だと結論付けたのだった。