泣き虫で可愛い攻略キャラとのひととき
「じゃあ、これからよろしくね。あ、そういえば、あなたの名前は?私は、ももにしかおる。5さいだよ」
彼が了承してくれたことに、ほっとした私は、これ幸いと名前を聞くことにした。
前世の記憶から、私は彼がアカバネくんであるということを知っているけれど、自己紹介もしていない今の状況で、当たり前のように彼の名前を呼んだら、驚かれるか訝しがられるか、どちらにしても悪い結果にしか繋がらないだろう。
そう考えて、知っていることを聞くのは何だか変な感じがしたけども尋ねれば、彼は繋いでいない方の手のひらをこちらに見せるように広げた。
「どうが…じゃなくて、あかばねかえん。ぼくも、5さい」
「かえんくん!」
その名前を聞いた瞬間、私は、今までチャラ男として認識していた彼のフルネームを、はっきりと漢字で思い出した。
赤羽夏園。それが、ゲーム通りだとチャラ男になる、彼の名前だ。
「な、何?」
突然、自分の名前を叫ばれて、赤羽くんは目をぱちくりとさせた。心なしか、体を少し遠ざけられたように感じる。
「あー、その、そう! かえんくんっていい名前だよね。私、好きだなぁ」
何とか叫んだ理由を誤魔化そうと、必死に言葉を選ぶ。だけど、それは私の本心でもあった。これが火炎だとか火焔ならば、はいはいきらきらネーム乙って思うところだけど、夏園という漢字なら素敵に感じる。まあ、平仮名にすると結局同じなんだけど。
「あ、ありがとう。…かおるちゃん」
そんな私の内心に全く気付かず、夏園くんは、はにかんで頬を赤らめた。
やばい。天使だ。本物の天使がいる。
ゆるい天然パーマの髪はふわふわしてて思わず撫でたくなるし、先程まで泣いていたためか潤んだ大きな目も、赤くなった目元も鼻も、彼の可愛らしさを損なわせることはなかった。寧ろ、それぞれが合わさって、慰めたいと思わせる要因となっている。
杏の時もそうだったけど、攻略キャラやライバルキャラだけあって、私の周りの人間はほとんど皆、きらびやかで眩しすぎる。このままの状況が続くと、顔面偏差値レベルが途轍もなく高くなりそうで、少し怖い。
今だ照れたように笑う夏園くんを見て、私はこっそりとため息をついた。
それから、私たちは毎日のように会っては、夏園くんの母親を待ち続けた。
といっても、どこどこで待ってなさいとも、迎えに来るから待っていてとも言われてないから、待つことよりは話をしたり絵本を読んだりした方がメインとなっていたけど、まあそれもしょうがないだろう。いつになるかも、本当に来るかも分からない人をただ待ち続けるのは、さすがにきつい。
そうした中で、夏園くんは徐々に私に心を開いてくれるようになった。
最初の方は、私が問いかけたことに返事をしたり、私の話に相槌を打つだけだったのに、今は自分から話しかけてくれるし、その日あったこと、思ったことについて教えてくれる。
私は、それが、たまらなく嬉しかった。
そんなある日、いつものように私が家から持ちだした絵本を夏園くんと読んでいると、普段なら読んでいる最中は無言の彼が、珍しく声を発した。それは国民的ヒーローの絵本で、悪役をヒーローが倒すという割合シンプルな内容のものだった(今までは、私の絵本ということで動物が出てくるほのぼの絵本が多かったけど、最近はもうそれらを全部読み終えたので、その日は兄の絵本を借りてきたのだ)。
『だいじょうぶ。ぜったいに、ぼくがたすけるよ』
夏園くんが言ったのは、窮地に陥った登場人物を助ける際に放ったヒーローの言葉だった。だけど、どこか虚ろに呟く彼に、私は言い知れぬ不安が過ぎった。
「かえんくん、どうしたの?」
今にも泣きそうに、ぎゅっと眉根を寄せた彼に、声をかける。でも、彼は、何でもないよと口角を上げた。
「ただね、ヒーローはほんとうにいるのかなって思ったんだ。……なんて、いるわけないよね。ごめん。いたらいいなって思っただけなんだ。へんなこと言って、ごめん。つづき、よもうか」
多分、本人は笑っているつもりなんだろうけど、笑顔どころか、それは私には泣いているように見えた。顔はくしゃっと歪んでいるし、ここのところ輝きだしていた瞳は真っ暗だ。そんな表情をするぐらいなら、泣いた姿の方がいいとさえ、思って。気がついたら、私は、夏園くんを思い切り抱きしめていた。
「かおるちゃん!?」
「ヒーローはいるよ。ぜったいに、いる。今はいそがしくて来れないだけで、かえんくんの所にぜったいに来てくれるよ。だから、泣かないで、かえんくん」
「っ、ぼくは、ないてなんかないよ!」
「うそだよ! だって、私には、かえんくんが泣いて見えるもん。泣きたい時は泣けばいいじゃない。泣きたいのをがまんしてるかえんくんを見る方が辛いよ!」
せめて、私の前では我慢なんかしてほしくない。そう思いを込めて叫ぶ。夏園くんは、それでも、泣いてない、僕は大丈夫だと言ったけれど、暫くすると私の肩に頭を凭せ掛けて、少しきつい位に背中に腕を回してきた。その際、じんわりと、肩口が濡れたけど、私は素知らぬ振りをした。
「ねぇ、かおるちゃん」
「ん?」
「かおるちゃんは、ずっといっしょにいてくれるよね?」
「…うん。ずっと傍にいるよ」
夏園くんにとっての救世主が現れる、その日まで。そう心の中で続けて、私は、安堵の笑みを浮かべる夏園くんに微笑み返した。