第5話:君とドアと僕
君は人間じゃないという言い方は悪かっただろうか?
正しい言葉が見つからなかったんだ。
ごめんね。
坂が終わりを継げていた。坂は病院の裏側に辿り着き、君に辿り着く。
病院の裏には隔離されたように二階建ての小さな病棟があった。
僕は知っている。
僕も一時期ここに居たことがあるから。
病院から続く道を歩く。中庭の端にその病棟はあった。
僕はドアを開けて中に入った。
受付の人は誰も居なかった。
二階にあがる階段を上り、一つの部屋をノックした。
コンコン。
中指の骨で叩くとそのままの音が響いた。
「誰?」
中から声がした。
「僕だよ」
少しの無言。かすれた声が返ってきた。
「よく分かったな」
この部屋は君が入院している部屋だった。
「ちょっと待ってろ。そっちに行くから」
ドアに背を預けて座ると、君も同じように座ったのだろうか?ドアが軽く揺れた。
「悪いな。病気がひどくてまだ会えないんだわ」
ドア越しに君の声が響く。
「分かってる。大丈夫だよ」
少しの沈黙。鳥の声。太陽の光。音すらしない病室。
「いつから気付いてた?」
君は今何を見て話ているのだろう?
「手を握ったときは変だな?ぐらいだったけれど、車椅子を押しているときの青い顔を見て、そしたら消えたから…、君はあの坂を下ってどこに行こうとしたのかな?って考えて…」
自分の手?窓の外?床の木目?僕は同じもの見れているかな?
「幽体離脱だっけ?幽体離脱して僕と出会って、ここに連れて来ようとしたんだね」
天井を見上げると、君の髪に近い色をしていた。
「僕等同じ病気だったんだね」
ドア越しに君が泣いているのが分かった。
君はもう外には出て来ないだろう。
遊びに行っても君は部屋から出てくることは無かった。
病気を思いだすのが嫌なのだろう。
僕も病気は決して良くなったとは言えない。むしろ、悪くなっているぐらいだ。
でも、僕はまだ外に出ることが出来る。
君は出来ない。
君と出会って二年ほど経とうとしていた。
ドア越しに話をするのは変わっていない。
ふと天井を見上げる。
確か君の髪の色に似ているんだったっけ?
もう思い出せない。
僕は本当の君を見えないまま過ごし続けていた。
言えない。
出て来て何て言えない。
それは
「死んで下さい」と言っているようなものだから。