第3話:再確認
映像を見せられている。
悲しい。とても悲しい。
「お待たせ」
声に考えは消えた。
君はどこから借りて来たのか、車椅子に乗っていた。
「これなら移動も楽だろう?」
「確かに、でもエレベーター動いてないよ?」
素朴な疑問をぶつけると、君は勝ち誇ったような顔で言った。
「秘密の道があるのさ」
ニヤリと笑った顔が君らしくて、ついついコッチまでにやけてしまった。
「とにかく、向こうまで行くぞ」
君が指し示した方向に僕は青ざめた。
その方向は先程、君が車椅子を借りに行った方向で、病室が並ぶところだ。
君は僕の病気を知らない。ましてや君は僕が病気だなんて思ってもいない。
「大丈夫か?真っ青だぞ?少し休むか?」
学校?違うここは病院。
同じことを学校で言われたような、頭が回らない。
まだ人に囲まれてもいないのに、どうしよう?落ち着け、落ち着け、どうにかなる、何とかなる。
「大丈夫だよ。向こうまで行ってそれからどうするの?」
「一番奥まで行くと、非常口になってるんだ。そこは車椅子でも行けるように、緩い坂道になってるんだ」
心配そうな顔で覗き込みながら話す君。
悪いことをしているわけではないけれど、罪悪感が生まれる。
言ってないからかな?
「じゃあ、早く行こう」
壁に立て掛けておいた松葉杖を車椅子に座る君に渡し、車椅子を押し出す。
特に大きな音を立てるわけでもなく車椅子は動き出した。
思っていたよりは軽く、楽に進み出した。
座っている君が何かを話しているが、聞き取れない。耳から耳に空しく通り過ぎるのが自分でも分かる。
聞こえるのは、自分の荒くなった呼吸だけだった。
ナースステーションを通り過ぎ、左右に広がる病室をも通り過ぎて行く。
閉じられた扉や開いた扉。そこから人が見えたり見えなかったり。
人が廊下に出てくる気配は無い。
何人かと擦れ違うが、異常をきたすほどではない。
看護婦さん、お見舞いに来たお母さん、たまたまトイレから出て来たおじいちゃん。
異常をきたすほどではない。
集団で擦れ違ったわけでもない。
それでも緊張は解けない。
いつどこから現れるかもしれない人達に怯えていた。
所詮、緊張していたところでどうしようもないのだけれど。
君を見た。
先程の元気はどこえやら、顔が青ざめていた。
声をかけることが出来なかった。
自分のことで手一杯。自分のことに使っている手を、他のことに使う勇気が無かった。
今の状態では、自分がなによりも大事だ。
廊下を進む。
今のところ問題らしい問題は起きていない。
先に進み、早く非常口から外に出たかった。
後少し進めば届く、そんな位置まで来ていた。
自然と足が早くなる。車椅子を押す手に力が入る。
やっとここから出られる。
そう思っていた矢先。
視界に一人の少年が勢いよく飛び込んで来た。
目の前に突然やってきた少年は小学生くらいの小さい子だった。
進路を塞がれ、僕等は止まってしまった。
焦る気持ちと不安で叫びそうになる。
どいて、早くそこをどいてよ!!
少年は僕等に気付く様子も無く、病室にいる誰かと話ているようだった。
病室から少年と同じ小学生くらいの子が顔を覗かせた。
嫌な予感がした。
このまま少年の横を通り過ぎて外に行きかった。
でも病室からは次から次に、子供が溢れ出していた。
寒い。
助けて。
誰か、息が出来ない。
子供達も見れない。
君も見れない。
何も見えない。
霞んでいく、白い、ぼやける。何も見えない。
気持ち悪い、吐きそう、頭が痛い。痛い。
痛いよ。
気付けば外に出ていた。
非常口に無惨に飛び散っている嘔吐の痕。
緩い坂にだらしなく、汚く醜い川を作っていた。
これが僕の病気なんだ。
惨めで、可哀相、弱いからなにもかもが弱いからなる病気。本当情けない。
泣いてしまいそうだよ。