きゃばくらふぁんたじー
システマティックなスキル制に支配されたファンタジーゲームのようなこの世界に落とされて、混乱した頭の中で初めて認識した自分のステータスはいわゆる「極振り」という奴でした。それも力や素早さ器用さといった順当なものではなく「魅力」に特化。しかし、人間で言う所の「魅力」が獣や魔物に通じるわけがなく、更に魔物が跋扈するこの世界で戦うためのスキルを持たない私はまさに人生縛りプレイ。他人の庇護をうけるか食い物にされるかのどちらかになりそうだと思い至り顔を青くさせました。
しかし、生きていくためには稼がねばならず、私は装飾華美な……けばけばしい扉を開けて声を張りました。
「ここで働かせてください!」
鼻をくすぐる甘い香が蔓延した廊下を、大きな足音を立てないように歩く。二つ隣は今日も大ハッスルのようだ。
幾ら金持ちだからと言って、あんなのに巻き込まれたくはない。だって、あんなに消耗したら稼げないじゃないか。
「姐さん、終わったわ。部屋に掃除まわしといて」
とことこと階段を下りながら、管理部屋で帳面と睨めっこしたままの中年女性に声をかける。
中年とは言っても、40未満でこの色気とスタイルならば匿名掲示板で「ノーチェンジ」と言われるレベルだろう。
「ミィ、お疲れさん!湯は沸いてるから浴びて今日は上がりな」
帳面から顔を上げないまま、投げられた言葉に私の口元が緩む。
「いいの?」
「あぁ、今週は実入りが良いの続いたからね。良い冬が越せそうだ」
顔を上げてにひひ、と笑う姐さん。
私には損益がどうとか利潤がどうとか良く分からないけど、彼女が言うならそうなのだろう。まだまだ「稼げそう」なポテンシャルを持ちながら、フロントに出て来ないのはその管理能力を買われてのことだ。穴を空けた小石を串刺しにして並べたただけのソロバンモドキを操り、前任者……店の金を持ち逃げした大馬鹿野郎の仕事を引き継いで、瞬く間に経営をKENZEN化してしまったのだ。「景気いいね」とこちらもにやりと笑い返して、風呂場に向かう。
「――っ!」
木戸越しの嬌声に混じって、玄関先から騒がしい声が聞こえた。
私はため息をつくと、姐さんに顔だけ覗かせ「出る必要はあるか?」と目線で語る。姐さんは苦笑しながら「頼むよ」と頷く。このあたりは長年の連携だ。姐さんの立てられた指、今日の報酬に色が付くサインに元気づけられた私は、意識を営業モードに切り替える。儚げな面で保護欲を刺激し、疲れた世の男性諸氏をその指で癒し続ける「雪草の姫」へと。
「旦那様ー、ん、如何ですかー?」
うつ伏せの肥満体系なおじ様の背をたなごころで押しながら声を掛けますが、反応はなし。僅かな寝息が聞こえるばかりです。しめしめ、今回も上手いこと伽を切り抜けたようです。
「なんか、またマッサージスキルが上がった気がするわ」
世間では国いちの高級娼婦と名高い私ですが、
実は『性交渉』スキルはLv0、つまりは全く素人だったりします。
その代わり、『説得』スキルと『癒し』スキルはぐんぐん上がってますね。
素早さが『ダッシュ』スキルに関係するように、交渉系スキルで相性がいいのは「知識」と「魅力」の高さです。私の場合は「知識」なしのお馬鹿ステの為、色気で押す『説得』だったりします。逆に魅力が低いと『恫喝』スキルが効くようになるとかなんとか。
今日の横柄な自称大商人さまだって、儚げな営業スマイルを浮かべて体調の心配をしつつマッサージに持ち込めばこの通り。気持ち良く夢の世界へご招待という訳です。次回からはお酌をしながら自慢話や愚痴を聞き、時に興味深そうに相槌を打ちながらマッサージへ移行することになるでしょう。知識はないので会話は聞き役ばっかりですけどね。それでもこの殺伐とした世界では身体的な癒しと精神的な癒しの私の「接待」は強烈なリピーターを増やし続け、大商人から一発当てた冒険者、はたまたやんごとなき身分の方達までファンを増やし続けました。そんな仕事も続けるうちに、わざわざ私に癒されに来る男性諸氏を可愛く思えてきたり、やりがいを覚えてきたり……。
異世界生活も早5年。
乙女が夢見るようなテンプレなぞ欠片も起こらず、あれやこれやでお水のNo1やってます。