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現代→古代  作者: 一理
comeback love
99/142

過ぎた恋話のようで

 気になることも、考えることもある。

 けど、今は平穏を楽しみたい。

「ふう」

 粘土板を片手に発注した品の確認をしていたカオルは、ふと商品の中身の確認をしているロスタムに目を向けた。

 ここ三日、アリーシャ・ミラと何度か会って、デートを重ねたみたいだったけど、彼の反応は変わらないものだった。

 それは嬉しいのだけど。

(何故目を合わせてくれないのか)

 あの日から目を合わせてくれない。怒ったのだろうか。

(確かに無責任なこと言ったとは思うけど、私はロスタムを信じてるからこそだったんだけどな)

 彼女らに配慮したわけではないけど、隙間がないと分かっていても、好きな人と一緒に居たいと思うのは乙女心ではないだろうか。

 ロスタムの気持ちも分かるけど、……うーん。私って意外と面倒な人間なのだろうか。

 ややこしい。

「カオルさん」

 声をかけられ後ろを見ると、サイードが立っていた。

「カオルさん、悪いんだけど姉さんが呼んでいたから、そっちに行ってもらえるかな?」

「いいですよー」

 品物置き場を去る前に、もう一度ロスタムのほうを見たが、目が合うことは結局なかった。


 シーリーンさんのほうに行けば、いずぞやの風景が広がる。

「いまはイナンナの象のほうが売れてるわねぇ」

「そりゃそうよ、なんだって本物がいるし、ヒッタイトの病気も治しちゃったんだから」

「あ、カオルー!」

 美しい壺を大中小の大きさに分けていた女性陣の中から、ホマーが立ち上がりカオルに抱きついた。

 可愛い。カオルは手をつないでシーリーンのほうへ行く。

「お呼びですか?」

「あぁ、カオル。あのね、男どものほうの手伝いしてるけど、今月は悪いんだけどちょっと女性群こっち御願いしていい?」

 力仕事、品数チェック、発注・受注、売買は全部男の仕事。

 色分け、種類分け、分類分けは女の仕事。

「いいですけど……シーリーンさん、どこか行かれるのですか?」

「ええ。小麦の収穫に行ってくるわ」

「え? シーリーンさんが?」

 シーリーンさんはふふっと笑った。

「えぇ、私が」

「姉さんの前の嫁ぎ先が農作人なの」

「へえ……え?」

 嫁ぎ先?

「旦那死んじゃったから出戻りしてるんだけどね。私もいろいろあるのよ」

 ホマーの頭にそっと手を置き、シーリーンは歩き出した。

 その背を見送りながらカオルはマミトゥを見た。

「あの子もね、ロスタムと同じでとても頑固なのよ」

 彼女が嫁いだのは今から5年前、18の時に農業の長男と結婚したらしい。

 しかし、夫が死んでしまい次男が家督を継ぐと、シーリーンの居場所はなくなり、戻ってきた。

 けど、つながりをなくしたくないシーリーンは収穫の時期や、種植えの時期には手伝いに行くという。

「偉いですね……」

 普通に尊敬する。

「そうねぇ」

 マミトゥはため息を吐いた。

「愛する人のことをずっと想い続けるのもいいけれど、親としては新しい幸せを見つけてほしいわ」

「そういうものですかね」

 シーリーンのしていた仕事を引き継ぎ、作業分けを行う。

「亡くなってしまった人を想い、胸に大事にしまうことはいいことですけど。まだ若いんですもの。次の大事な人を探しても悪くないと思うのよ。亡くなった人だっていいとは思わないでしょ」

「……」

 黙々と作業をしながら耳を傾ける。

「いつまでも未亡人というのも心配だわ……」

 カオルはふとマミトゥの手を見た。

 次々と商品が仕分けられていく。吃驚するほど早い。口のわりには仕事が早い。

 さすが商人の嫁。

「ロスタムさんの結婚については、何か言ってるの聞いたことありませんけど?」

「カオルがくるまでは言ってたのよ。どこの誰と結婚させるかって。長男ですもの、商人の嫁として精神の強い子をもらおうと思ってたのよ」

 商品をそっと、置いてカオルの手をサッと握った。

 カオルがぎょっとして何か口を開く前にマミトゥは微笑んだ。

「あなたならきっと大丈夫、安心してロスタムを任せられるわ」

 握られた手が痛い。

 あれ? 前にも一度やった気がする。

「ねえお母さん」

 ホマーが声をかけると、手に加えられていた力が弱まった。

「どうしたの?」

「お母さんの若いとき、お父さんとどうだったの?」

「まあ」

「私も気になります」

 さっと、マミトゥの手から逃げながら話題を変えた。

 マミトゥは頬を染めてにっこりと笑う。

「嫌だわ……私の話を聞いたって意味ないわよぉ?」

「そんなことないですよ」

 カオルがそういえば、少し躊躇っていたマミトゥは頷いた。

「じゃあ、話しちゃおうかしらね……アレは、そうねえ。私が嫁ぐ前の話でもしましょうか」

 農村の娘だったマミトゥは村の中でも一番のじゃじゃ馬娘だった。

 16歳になったにも関わらず、相手が男だろうが、獣だろうが、喧嘩を売られればいろんなものを投げつけて泣かせていた。こんなにも気が強いのだから、きっと嫁の貰い手はないだろうとさえみんなに言わる程だった。

(意外だ……)

「うふふ。お転婆だったのよね」

「それで、いつお父さんにあったの?」 

「確か、16の秋ごろだったわねえ」

 窓から見える、舞い落ちていく枯葉を見ながら続けた。

「いろいろあって、私は怪我をしたのね」

「そこ省くんだ」

 ホマーちゃんがそう突っ込むと、頬を染めて恥ずかしいから秘密よ。といった。

「足を捻って、その時にお父さんがいてね。八つ当たりしちゃったのよ」

「八つ当たり、ですか」

「えぇ」


 ――― 『怪我をしたのはあんたのせいだ!!!』

 マミトゥは顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。

 大抵の男は怒るか呆れるかするだろうが、目の前の男は腕を組んで「そうか」とだけ言った。ただ肯定も否定もしていない相槌だったが、短気だったマミトゥは適当にあしらわれたと思い、手元にあった手ごろな石を投げつけた。

「危ないな」

 難なくそれは避けられ近づいてきた。

「何よ何よ! 私に近寄らないでよ!! あっちいきなさいよ!」

 石を投げつけても、避けて普通にやってくる。

「な、なによ」

 とうとうマミトゥのところまでたどり着いた。男はすっと手を伸ばした。

 びくっ

 殴られると思ったマミトゥは目を閉じた。が、痛みなど無く、体が浮いた。

「きゃ」

「足を捻ったのだろう。家まで送ろう。どこだ」

「ほ、放っておいてよ! これぐらい、どうってことないわ」

「放っておけん」

 男の低い声が耳元で聞こえた。初めてこんなに男性とくっついた。それだけでも恥ずかしいのに

 意識がくらくらした。


「あまりの恥ずかしさに、私そのまま気絶しちゃってねぇ」

「お母さんウブなんだね!」

(想像できない……)


 次に目が覚めたとき、家で寝ていた。家の者に聞けば身なりのいい男が運んできたのだと言った。

 収穫の大事な時期に足を捻らすなんて、とか色々怒られたが、若いマミトゥは一切聞こえていなかった。

(私が勝手に捻らしたのに、本当に送ってくれたの?)

 家の者の皮肉も聞かず、杖を使い片足で外に出ていく。

 まだその場にいるだろうか、見知らぬ男はきっとここら辺の人ではないだろう。

 痛む足を引きずって村を歩き回ったが、ついに男を見つけることはできなかった。


「みつからなかったの?」

「えぇ。残念ながら」


 会ってどうするとも考えていなかったが、ただ会いたかった。

 そうして、一週間たったとき、再び男に会った。男は村の商人と楽しそうに会話していた。

「あんた、あの時の」

「ん? あぁ、足はどうだ? 治ったか?」

「え、ええ。……本当に送ってくれたのね」

「あぁ。送り狼になんてならないさ、生憎そんなに女性には困っていないからな」

 そう笑いながら言った男に腹をたて、マミトゥはその男の腹を蹴飛ばした。それを見た商人の男が叫んだ。

「このお転婆が、なんてやつだ!」

「いいんだ。からかいすぎたな。すまなかった」

「……あんたは怒らないのね」

「私が悪かったからな」

 なんて身の低い男なのだろう。マミトゥは驚きつつ、自分が恥ずかしくなった。

「ごめんなさい」

「何故謝る?」

「私のせいだもの。勝手に足を捻らせて、怒ってあなたを蹴ったのも」

 男は微笑みマミトゥの頭を撫でた。

「素直になれる娘はいい子だ」

「こ、子ども扱いしないでよ! これでも16なんだから」

「なるほど。それはすまなかった」

 ちっとも思ったない口調に怒りをぶつけようとしたが、急に腕をひかれ抱き寄せられた。

「荷馬車が通る。危ないぞ」

「……ッ」

「おぉ、じゃじゃ馬が赤くなってら」

 商人がからかう。男と目が合うと急に恥ずかしくてたまらなくなり、男を突き飛ばした。

「あっ」

 男の着けていた腕輪が外れ、馬に踏まれて粉砕した。

「! ……祖父の形見が」

 男の言葉を聞いて、マミトゥは急いで壊れた腕のところへ走って行った。宝石が砕けたそれはもはや直せなどはできないだろう。

「ごめんなさい、助けてもらったのに……私、いっつもこうで」

「……」

 自分の浅はかな行為に涙が出てきた。泣いたって壊れたものは戻ってこないと分かっているのに

「……いいさ。何でもいずれ壊れる」

 男が言った。

「弁償するわ」

「無理だ。あれは希少で高価なものだった……君が一生身を焦がして働いたって払えないぞ」

「それはそうかもしれないけど、この身を売ってもいいわ! だってあなたの大事なものに取り返しのつかないことをしてしまったんだもの!」

 涙を流し叫ぶマミトゥの肩を男はそっと叩いた。

「そうか……。じゃあ、働いてもらおう」   

 

「こうして、私は彼の家で働くことになったのよ」

「へえ」

「彼のもとに行ったとき、初めて彼が商人の息子って知ってね。驚いちゃったわ。それにね『女には困らない』っていう彼の言葉通り、彼って頭もいいけど腕っぷしも強いから女性にモテてモテで……お母さん焼きもちいっぱい妬いたわ」

「そういえば、アトラシュさんのライバルだったとか」

 あの筋肉モリモリのオッサン。

「えぇ。商売の縄張り争いをしてたわ。うちはシリアにも拠点を置いてるから」

「今も置いてるってことは、アクバルさんの勝利だったってことですか?」

「ふふふ」

(!?)

 笑って流されただと!?

 カオルは何も言えず黙った。

「さ、仕事続けましょうか」

「えー? 続きは?」

「続きはまた今度」

 カオルはマミトゥの意外な一面を知ったのだった。

(恋バナに興味なかったけど、マミトゥさんのはちょっと面白かった)

 次があれば聞きたいかも。

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