風邪をひいたようで
ちょっとした番外編
さて皆様、どうお過ごしでしょうか。
春はまだ遠く寒い日々が続いておりますが、風邪などひかれておられませんでしょうか。今うちでは謎の高熱病が流行っており、いつもは活気賑わっている町並みや、うちの店の中は閑古鳥が鳴くしまつです。
そして、現代で一度も風邪をひかず無遅刻無欠勤を常としていたこの私、紀伊カオルは……
「ごほ、ごほ」
絶賛ただ今療病中でございまーす。
高熱で頭の中がぐあんぐあんと痛み、視界がぐるぐると目が回る。
誰だ異世界からきた奴は病気とかにかからないとか言ったやつ、そして私に対する扱いが酷すぎやしないか神様!!
「うう……」
咳するのもしんどい。
ちなみにマミトゥさんの計らいにより、腕の良いお医者様を呼んでもらえ診てもらったところ、数日安静にしていれば問題ないという事だった。
ちなみに、町中で流行っているこの高熱病。
ナサ家だけのみならず、この一家の店で働く従業員すら誰もかかっていないというミラクル。
その中で唯一かかったカオルは不運としか言えない。
「あいっかわらずの運の無さねカオルってば」
「だね。逆に彼女だけ病気にならないとか、そういうの予想してたんだけどな」
「きっとカオルが私たちの分まで、病気にかかってくれたんだよ!」
好き放題言っている姉弟にロスタムはため息を吐いた。
カオルによって近づくことを否定された四人は、こうやって遠くから寝込むカオルを眺める。
「ほらあなた達邪魔よ。仕事行ってらっしゃいな。ホマーは私のお手伝いしてちょうだい」
「はーい」
ホマーはマミトゥについて行った。
ロスタムは歩き出した二人についていきながらも、視線は今だカオルの方を向けている。
「はーやれやれ、あんたって本当好きよねーカオル」
「ふたりの温度差すごいけどね」
「うるせえよ!!」
どたどたと騒がしい足音が廊下から響いてきたと思ったら、使用人の一人サマンがすごい形相で走ってきた。
肩で息をしながら外を指差す。
「め、女神さまがいらっしゃいました!!」
「って、イナンナでしょ?」
「あの人も好きだよねー」
「うん、大好きだよ」
ひょっこりサマンの後ろから噂の女神さまが現れ、サマンは悲鳴を上げて逃げていった。
その様子を見ながら七菜は首をかしげる。
「なんで逃げるのかな」
「そりゃー」
「まあね」
歯切れの悪いサイードやシーリーンとは違い、ロスタムは腰に手を当ててはっきり言った。
「疫病神だからだろ」
「ひど!!」
歓迎されているとは言えない空気でも、七菜は気にせずカオルの寝込むベットへと近づいていく。
七菜の存在に気づかないぐらい寝込んでいるカオル。
そんな彼女のおでこにそっと手を触れると、七菜は使用人にぬれタオルを持ってくるよう指示を出した。
「カオルさんが寝込むなんてねー」
「う、ん……? 七菜?」
「そだよー!」
にっこり笑うその笑みに、カオルは赤い顔で見上げる。
「なんで?」
「んとね、風邪ひいたって聞いたから来ちゃった」
「帰れ」
「!」
ショック受けたような顔で沈む七菜に気づいてか気づかずか、カオルはつづけた。
「女神が、風邪ひいたらダメでしょ。うつるから……困るから……」
途中でせき込み、苦しそうなカオルに水を渡しながら七菜は首を横に振った。
「神のご加護があるから平気だもーん。それより、カオルさんのほうが心配だし」
「……」
「うわあ、その眼。信じてないでしょー。どうせ『お前の事だから治った後に面倒もってくるんだろ』って言いたいんでしょ?!」
カオルはそっぽ向いて頷く。
「やっだなー! そんなこと言わないよ! カオルさんは私のこと見捨てないって信じてるから!」
カオルの手がぴくりと動いた。
もし風邪でダウンしていなかったらいつもの攻撃が来ていただろう、七菜は少しだけ彼女が風邪で弱っていて良かったと思った。
弱弱しいカオルの手が宙を浮く。
不思議に思ってみていると、上下にゆっくりと揺れた。
無言の帰れというアピールらしい。
「うーん、じゃあカオルさんが寝たら帰る」
手が力なく布団の上に落ちる。
「聞いたよ。カオルさんお仕事がんばり過ぎなんだって」
一人で在庫調べをやったり、他の町へ行って商品の取引を申し出たり、馬やロバの餌やりを時間ごとにきっちりこなし、お店にくるお客さんのお悩み相談や、洗濯物ついでに女性たちと会話して、流行ものを聞き出したり、家ではロスタムやホマ―のお世話をしていると。
これが彼女の日常なのだから、いつも働き過ぎということになる。
「やらなくていいことも、たくさん自分からやってるって」
まるで暇がないぐらい働いてるって聞いた。
「それって、ワーカーホリックっていうより、寂しいって感情誤魔化してるんだよ? しってた??」
目を閉じたカオルの熱いおでこに、そっと七菜は手を置いた。
少しだけ冷たかった自分の手が一瞬で温もりに支配される。無抵抗なその頭をゆっくりと堪能するように撫でる。
なんでもこなせてしまうくせに、他の人には頼れない
きっと、もともと紀伊さんの性格っていうのもあるんだろうけど、倒れるまで頑張っちゃうヒト
「すごいけど、馬鹿だなあ」
でも、でもね
私もあなたみたいな大人になりたかったな……。
「え? 女神が来てたんですか??」
すっかり風邪が治ったカオル。
「そう、彼女来たらすっかりカオルの熱も下がってねー。さすがイナンナ様だわ」
「へえ。じゃあ今頃風邪ひいてるかもですね」
シーリーンが不思議そうに首を傾げた。それに対しカオルはにっこり笑う。
「風邪はうつすと治りが早いんですよ」
そこに心配はなく、むしろ清々しい笑みだったのでシーリーンは何も言わなかったが、少しだけ困ったように笑った。
「まったく、素直じゃないんだから」
見舞いに来てくれたことが嬉しかったのなら、最初からそう言えばいいのに。
「何か言いました?」
「いいえ? ロスタムが煩かったから顔見せてきなさい」
「はい」
次の日、女神が風邪をひいたときいてシーリーンはカオルのフラグ建築すごいなって思ったのであった。
風邪ひくカオルと七菜
お互い正直に心配とか嬉しいとか言えない不器用な人たち




