面倒になったようで
「おはようございます」
御母屋に移動し、卓につく。
普通使用人は雇い主とは一緒にご飯食べたりしないのだが、昔ここに来たばっかりだったころ、私は何度も逃亡を繰り返していたために、ロスタムに首根っこを掴まれ一緒にご飯を食べる様になって、それがいつの間にか習慣になっていたのだ。
他の人も最初こんなやつと一緒に食べるのは嫌だと思ってたから、むしろ良かったと言っていた。
今だから言えるだけど、今でもわりとひどい言葉ですねっていうと笑って流されたっけ
「シーリーンさん、サイードさん、お早うございます」
「おはようカオル。あら、ロスタム今日は珍しく一人で起きてるのね」
「……」
「昨日のことが気になって寝れなかったんだね兄さん」
サイードが笑顔でロスタムの肩を叩いた。図星突かれたロスタムは不機嫌そうな顔で弟をにらんでいたが、寝不足からか疲れたように息を吐いて座った。
「ご飯ご飯~」
ホマーが嬉しそうにナンに手を伸ばした。
皆各々に会話しながら食事にする。
「カオルさんも、ここにきてもう随分慣れたわねえ」
マミトゥさんが微笑みながらカオルに声をかけた。カオルは苦笑いを浮かべる。
「お役にたてているかどうか」
「ええ、ええ、もちろんたってるわ。十分すぎるぐらいよ……だって」
ロスタムのほうを見た。
「寝起きの悪いあのこを毎日起こしてくれるんですもの」
皆頷く。
「出来の悪いやつみたいに同意するんじゃねえよ!!」
「お前の寝起きの悪さどうにかできんのか」
「父さんまで!」
さすがに家族の大黒柱にまでそう言われればぐうの音も出ないロスタム。笑っているとサーミラが入ってきた。
「旦那様、これが届いておりました」
「書簡か……だれからだ」
「総監督です」
「……」
書かれた内容を読むと、アクバルの顔が険しいものになった。
総監督といえば、このアッシリアの商人たちを束ねている王族関係の商人だよね。
「ふむ……ううむ」
納得しかけて、唸っている。
マミトゥがそっと夫の腕に触れ、書簡を覗き込んだ。
「まあ」
「お母さん、なんて書いてるの?」
シーリーンが訊ねると、マミトゥのかわりにアクバルさんが答えた。
「総監督の娘がロスタムと結婚したいと、ぜひ入り婿として我が家に来ないかと、そういっている」
ロスタムが飲み物を噴き出した。
カオルは横目で汚いものを見る目でロスタムを見下した。
二重の意味で汚いわあ
「なんでオレだよ!?」
「娘がお前が結婚してやってもいいと言ったといっているらしいが?」
「はあ!?」
サイードは兄をなだめながら父に問うた。
「娘の名前は?」
「お前ら知らんのか……よく遊びに来ていただろう」
兄弟は首を傾げた。
思い出したらしいシーリーンが「あぁ」と頭を抑える。
「ほら、あの子よロスタム」
「?」
「アリーシャよ」
鈍感兄弟が手を打った。
純粋に知らなかったカオルとホマーは「へー」と適当に相槌打った。
「って、ダメよダメ!!」
ホマーが正気に戻ったように叫んだ。
「兄さんと結婚するのはカオルだもの!!」
「アリーシャさんていくつなんですか?」
「えーっと、たしか15ぐらいだったかしら」
「ということは年下かあ」
「カオルー!!」
なぜか叫ばれるカオル。ホマーに腕をぐいぐい引っ張られた。
「断っておいてもらえると嬉しいのですが」
ロスタムが控えめに父に言うと難しい顔を見せた。
「相手は総監督でしかもご高齢だ……アリーシャは遅くに授かった娘ゆえに甘いらしいからな」
カオルはのんびり言い合っている親子を見ながら笑顔を見せた。
(仕事行ってもいいかな)
しばらくもめていると、扉が乱暴にあいた。
驚いてそっちを見ると何故かシリアの暴れん坊豪傑のアトラシュが仁王立ちで立っていた。その後ろに息を切らせて今にも倒れそうなミラが手を伸ばしていた。
同情するわ。
「よう! 元気か!?」
手をあげ元気よく笑うアトラシュに誰もがあきれ顔で何も言わない。
「何しに来たか教えてやろう」
「いらん。帰れ」
さすがライバルだったらしいアクバルさん。
アトラシュさんの口を抑えぐいぐい肩を押して追い出そうとしていたが、アトラシュが「だー」と叫びながら両腕を振るいあげたので追い出すことに失敗した。
「最後まで聞かんか!!」
「聞きたくないんだ」
ミラが顔を真っ赤にさせながら父親の背中を引っ張った。
「ほら、お邪魔だから帰りましょう!!」
「いいや! 俺は言う! おい糞餓鬼!!」
「俺か!!」
ロスタムを見ながら暴言を吐くおやじ。
そこで返事するロスタムもどうかと思うが、何故か「そうだー!!」と叫ぶアトラシュ。
(朝から元気だなあ)
もう仕事行ってもいいかな。
「てめー入り婿にきやがれぇえええ!!」
「意味わかんねえよ!」
確かに。
ミラが横に置いてあった壺で父親の頭を殴り飛ばした。壺は割れたが親父無傷なのだが……人間は鍛えすぎるとこうなるのだろうか
というか人の家の壺がおしゃんになりましたが
「お父さんいいかげんにして! 私が言うことでしょ!!」
「じれったいんじゃああああ!!」
おい親父、お前面倒だから人の恋事には首突っ込まないって言ってなかったか。
カオルは微笑んだ。
「あのー、私からもいいですかー?」
「ん?」
「仕事行ってもいいですかねー」
「違うでしょー!!」
ホマーに体当たりされた。
だって、言おうと思ったけど恥ずかしくなったんだもん。
「お父さん! お兄ちゃんとカオルついに結ばれたんだよ!!」
「その言い方なんかヤだなー」
「なんでだよ」
わいわい騒がしいナサ家。
しかしいいのだろうか。もう店を開ける時間過ぎているのだが。
(まあたぶん他の人が開けてくれてるんだろうけど)
しかし、騒がしい。本当に騒がしい。
カオルは立ち上がった。
「? か、カオル?」
そして、ロスタムの手を掴んで微笑んだ。
「てやあああ!」
「ぎゃあああ!!?」
背負い投げ一本!
ロスタムの悲痛の叫びに皆唖然とこちらを見ていた。
「はい、静かになりましたね。とりあえず、落ち着きませんか?」
何故か私が技を繰り出すと皆黙るんですよねー不思議ー。
呻くロスタムに手を貸して起こし、再び席に着いた。
「ごめんロスタム。これしか静かにさせる方法思いつかなくて」
「おっさん投げればよかったんじゃねえのかよ」
「いや、避けられそうだったから」
あ、なんかロスタムが落ち込んでる。
それにしてもとカオルは考えた。
(年下、タメ、年上と、ロスタムは幅広くモテてんねー。もし私が彼に抱く感情が親愛のものだったら、もしくは片恋のものであったら、萎えていたと思う)
モテル男って嫌いなんだよね。まぁ、もてない女のヒガミなんですけど……。
だけど、今更ロスタムをあきらめるつもりはない。
「こういうのって、普通親が決めるんですか?」
カオルが質問すると、まあそうだなと頷く。
「では、アクバルさんのお考えはどうですか?」
「ワシは、正直ロスタムが選んだ相手ならだれでもいいと思っている。長男ではあるが、サイードもいるしな」
「なるほど」
面倒事はごめんだと遠回しにおっしゃっていると
カオルは横を見た。不機嫌そうなロスタム。人生のモテ期を不機嫌そうに顔をゆがめている人間を初めて見たぞ。
「ごめんなさい……」
ミラは悲しそうに眼を伏せた。
「父が余計なことを。ロスタムさんを困らせるつもりはなかったんです」
「ミラ……」
「でも、これだけは知っていてほしいんです」
ミラはロスタムの手をそっと遠慮がちに握り、まっすぐ彼をみつめた。
美しい彼女の瞳からあふれる涙が真珠の様に頬をつたい、流れ落ちていく。
「私、心からあなたが好きです……」
ロスタムの顔が真っ赤に染まっていくのが見えた。
ばあん、扉が勢いよく開いた。本日二回目です。
「誰よ! あなた!!」
アリーシャだった。
来ると思ったけど、本当に来るとは
「嫌な予感がして来てよかったですわ!!」
だだだっと走ってくると。ぎゅううっとロスタムに抱きつきミラをキッと睨んだ。
「泣き落としなんてみっともなくってよ! 騙されちゃ駄目ですわロスタムさん!」
「騙されてねえし、重いから抱きつくな、泣き落としとかいろいろ失礼だろ」
カオルはその様子を見て、ロスタムからすすすっと離れた。
二重の意味で熱いわぁ
「いいんです、ロスタムさん……でも」
ミラがアリーシャの腕を引っ張った。
「お嬢さん、今は私がロスタムさんと話してたの、邪魔だから御家にお帰りなさい」
笑顔で追い出すミラ。大人の余裕というやつだろうか、笑顔が美しい
彼女の新しい一面を見た気がした。
「うー! 子ども扱いしないでくださいませ!!」
アリーシャって高飛車な気もするが、子供っぽい仕草が割と可愛く見える。
「サイードさん、サイードさん」
カオルがサイードの服を引っ張る。
「え?」
「可愛い系美少女と、儚げ美女、どっちが好きですか?」
「普通の女性かな」
サイードさん二択から選ばないタイプの人間なんですね。
気をつかってくれたのかもしれないけど
「おうっし、じゃあこうすっか」
アトラシュさんが手を叩いた。
「正々堂々勝負しようじゃねえか拳で」
「ワシとお前が勝負したって仕方あるまい。総監督もご高齢だぞ」
「じゃあ、娘で」
「それでいいのかお前は」
ミラとアリーシャはそんな野蛮なことできないと抗議している。
「……」
ナサ兄妹の目が痛い。
「えぇ、えぇ、その勝負なら圧勝ですとも。なにか?」
でも悪いことしてないか弱い人に攻撃するほど私は積極的じゃないんですけどね。
「こういうのはどうでしょう」
カオルが立ち上がった。
「後日改めてということで、ね」
「「なんでだよ!!」」
アトラシュとロスタムに突っ込まれた。心外なんですけど。
「こういうのは一日で決まるもんじゃないでしょう! 大体、本人同士の気持ちの問題じゃないんですか」
「一理あるな」
アクバルさんが頷いて同意した。
マミトゥさんも、困った笑みを見せて頷く。
「ロスタム」
「ん?」
「貴方もあまり女性を邪険にしたりしないで、カオルさん以外とも知り合ってみるのもいいかもしれないわよ」
「母さんまで!?」
確かにいろいろ付き合うのも悪くないかもしれない。
彼は結構視野が狭いから、もっと良い人が見つかるかもしれないし
「そうだよ、ロスタム。ためしに一日だけでもお付き合いしてみたら?」
「な、んだよ。それ」
顔を真っ赤にさせたロスタム。これは怒ったようだ。
「ふざけんな!!」
机を叩いて部屋を去った。その様子を見ていたシーリーンが立ち上がった。
「私がちょっと行ってくるわ」
「頼むわね」
アクバルが腕を組んで悩むようなそぶりを見せたが、うむと頷いた。
「一日ずつ、付き合い。ロスタムが選んだ女性を嫁としたので良いか」
「うむ、いいぞ。色気のない女に、ちびにはうちのミラは負けんからな!」
「「失礼な!!」」
アリーシャのほうを向いて同じことを問うアクバル。アリーシャも頷いた。
「いいですわ。私も全力でアタックしますから」
それぞれ納得したようでやっと帰って行った。
ホマーが心配そうな顔でカオルを見る。
「私ね、お兄ちゃんなら大丈夫って思ってるの。お兄ちゃんが本当に好きなのはカオルだけだから……でもね」
「はい?」
「カオルはそうじゃないの……?」
「紀伊さんは『来るもの拒まず去るもの追わず』だもんねー」
……何故いる。
いつのまにか部屋にいる女神様の首根っこを掴んだ。
「てえい」
そして投げ飛ばす。
「やー!? ってなんで追い出すのー!?」
「なんでいるのさ」
まったく悪びれる風もなくえっへんと無い胸を張り彼女は言った。
「一人で来たんだよ! えらい?」
カオルは女神を追い出した。




