疑問は尽きないようで
次の日、昨日の大雨が嘘のように晴れ渡った。雲一つもない空が逆になんだか白々しく見えるのは何故だろう。
七菜に言われた通り美しい服を借りて、女官に指示された場所で座る。
横に座るロスタムは不思議そうに周りを見ていた。
「どうしたの?」
「いや、なんか俺たちの席だけ他の席と少し間隔遠くないか?」
七菜や王様の居る席からは遠いように見える。
「身分的な感じで?」
「……だといいけどな」
嫌な予感するらしいロスタムは腕を組みながらも、空を見上げた。
豪壮な音が響き渡り、パーティが開催された。舞う踊り子や、楽器を奏でる演奏者、剣舞を見せる兵士たちなど、それをみて国民も大喜びだ。
カオルは一つ一つに拍手しながらふと思った。
(あの国民の輪の中にはホマーちゃんもいるのかな~)
しばらく堪能していると、七菜が中央に立った。
「メソポタミアの神々よ! アッシリアの神々よ! イナンナが申し上げます」
ざわついていた国民も口を閉ざし、あたりはシンと静まり返った。
「このアッシリアに栄光を! アッシリアの王に祝福を!! アッシリアの民に幸福を!!」
わああっと人々が盛り上がる、イナンナの目の前に豪華に盛られた果物や酒やら、生きた白いヤギが運ばれてきた。七菜はナイフを持って天高く持ち上げた。
「この生贄を、偉大なる神々に捧げます」
ナイフを振り落した。
赤い血が飛び散る、ヤギの悲鳴、七菜がとても嫌そうな顔をしているが、役職的に仕方ないのだろう。
カオルはふと、空を見上げた。
「……なんか変なの」
変な雰囲気、何がといわれれば答えれないが。
「ぎゃあああ!!」
悲鳴が上がった。
どこからともなくライオンが現れ兵を軽々と越えてやってきた。
「白い……ライオン?!」
七菜がおびえたように、後ろに下がったが、ライオンは七菜に興味がないと言わんばかりに素通りし、カオルの目の前に立った。
「……私?」
ロスタムがカオルの前に立った。
「カオルに近寄るな」
ライオンが唸る。
今まで出会ったライオンとは違う、明らかにある殺意。
飛び上がったライオン、カオルはロスタムを横に押しのけ、走り出した。
「痛ッ、おいカオル!!」
なんで、こうなった。
「紀伊さん! 早く思い出して!!」
七菜の声、カオルは走りながら首を傾げた。
思い出して?
なにを?
ライオンと、関わりあることなのか?
「……七菜貴様ぁぁあああ!!」
「え?! なんで? 私悪くないもん」
ライオン怖い。超怖い。人間よりも早いその足にすぐ追いつかれた。直線に飛んできたライオンの攻撃を周りの声の判断で右や左に避けていたが、これまでのようだ。
鋭く太い爪が空を描いて、体を切り裂いた。
「ぶっねー……」
「ろす、た……む、じゃなくて……アリー?!」
爪の餌食になりそうになったカオルの服を引っ張ったのはマントを着けたアリーだった。
彼はマントからナイフを取り出し、ライオンに向かって投げ威嚇した。
ライオンは距離を置いて、ゆっくり曲線を描きながら近寄ってくる。
「アリー、なんでここに? いろいろ殴りたいことはあるけど、今はお礼言っとく」
「話したいことじゃなくて?!」
カオルはアリーの首を掴む、が今はそれどころではないということを、獣のうなり声で思い出した。
「何故私ピンポイントで狙われるのか」
「美味しそうだからじゃない?」
「どういう意味だ!」
アリーを蹴っ飛ばしながらカオルはライオンの手から逃れる。
そもそもこんなとこに白いライオンがいる時点で疑問だ。
七菜の言葉も気になる。
神官が叫んだ。
「きっと神々が彼女を生贄に選んだんだ! 彼女を捕まえろ」
「はい!?」
「違う! 神様が試練をもってきたんだよ!! 武器を彼女に!」
神官の言葉を打ち返す七菜だったけど、あんまりフォローになってない。兵士たちもどうしたものかと右往左往している。
普通に助けてください。
「カオル!」
ロスタムが兵士が持っていた槍を奪い取りライオンに向かった。
アリーが七菜のところまで行き、彼女が持っていたナイフを手に駆け出す。
「紀伊さん!!」
七菜の声
ロスタムの声
アリーの声
いろんな人の喧騒が耳に届く。
その中で聞こえる、頭の中に響く声が一つ。
「……!」
ライオンが飛んだ。影ができた。太陽の光は遮られた。
何か、思い出しそうになった。
「私……」
手を伸ばした。
「カオル!!」
ライオンの躰が横に薙ぎ払われた。
アリーとロスタムが体当たりするようにライオンに刃を突き立てたのだ。
湧き上がる歓声と国王の褒める言葉。
カオルは座り込んだ。
「紀伊さん!」
七菜が近寄ってきて肩にそっと手を置いた。
「聞こえた」
「何を?」
ライオンが私に語りかけてきた。
「『お前は此処にいてはいけない。去らないというなら消す』って」
はは、なんていうファンタジー? 古代に来た時点で非現実的なのに、白いライオンに殺されそうになって、去れと頭の中で伝えられるなんて……笑うしかない。
「……紀伊さん」
「七菜、私に思い出せって言ったな。何を?」
彼女の手を掴まえた。
今この理解不能な状況の答えを知っているのは他の誰でもない、きっと彼女だけだろう。
「……私」
わあああっと国民の声が響き渡った。そちらを見れば呆然としているアリーとロスタムが居た。
「どうしたの?」
「消えたんだ! あのライオン」
「え」
先ほどまで横たわっていたライオンの姿は消えている。
神官たちは神の化身だったんじゃないかとわめいて騒ぎたてていたが、うっとおしがった王が黙れと一喝し口を噤んだ。
七菜は両手を上げた。
「私たちは見事神の試練を乗り越えました! これでアッシリアの安泰は間違いないでしょう!」
苦しい言い訳。けれど不安よりも良い方向を信じたい国民は喜びの歓声をあげた。
これは、嫌な予感しかない。
「……紀伊さん、私は何も言えない。ごめんなさい」
そう言って目を逸らした彼女に苛立ちを感じるので、おそらく何か隠している。隠している内容は私のことだが、隠す理由は彼女のためだろう。
しかし、なんのために?
気を取り直して宴は続けられたが、何故か私たちの座る席にはアリーも参加していた。
「なんでいるの」
「ライオン倒したから」
「倒したの俺だろ」
「ただ刺しただけだろ。急所刺したのは俺だし」
「喧嘩しないの。お前らの脳天刺すよ」
何でとは二人は言わず黙った。そういえばこいつらが一番私の技を喰らってるわ。
良いことの後には悪いことあり、か
(思い出す、か)
忘れているのか、消えているのか。思い出せないのは、私がここに来る前のこと。
映画館より前のことは覚えている。私がどうしても思い出せないのは映画館を見終わった後、それから川を流れていたということ
「意味あるのかな」
分からない。




