ややこしいようで
朝どこの家のか分からない鶏が鳴く。焼き立てのあっつあつのナンを口に放り込み、咀嚼をしながらこの後の予定についてぼやけた思考で考える。
確か、今日はバビロニアに仕入れに行っていたアクバルさんが帰ってくる日だ。
マミトゥさんはきっと大量に食料を買い始めるだろう。その量が三日分にならないように買い物に付き合い見張らなければいけない。前もそれをやってアクバルさんに怒られたから……
「ふぁああ」
あくびしながら外にでて、集まってきた犬に餌をやる。今日は馬と驢馬を川で洗う日らしく何人かの男たちが馬屋から馬たちを連れ出していた。お疲れ様です
「皆お早うございマース」
「おぉ、お早うカオル。サミーラが大量にナン作り置きしてたろ? 食ったか?」
「食べましたよ~おいしかった! アフマドさんが昨日できたて食わせてみろって喧嘩売ったかいがありましたね。私なら殴り飛ばしてますけど」
「俺の右頬見えないのか?」
笑いながら挨拶を済ませ、他の使用人仲間と軽い談笑をしつつも別れ、気合を入れながら肩をまわす。
さて、毎朝恒例の仕事に行きますか。
家に入り、箱の中から服を一式取り出す。そして何も入っていない網籠を片手にとある部屋に近づく。
「あ、っと。忘れ物」
部屋の前に荷物を置いて台所へと戻り、水をコップに入れ再び部屋の中へ入った。
「はい起きてー」
ロスタムの背中を蹴飛ばしベットから落とす。鈍い音とうめき声が聞こえた。
彼を起こすにはこれが一番効果的だということを私は知っている。
「お、おまえな」
水を目の前に突き付ければ、黙って飲み干す。
「うわくっさ、部屋に酒の匂い残すぐらい昨日飲んだの? ほどほどにしてよー」
布団を回収しながら説教をこぼすと、ロスタムが小さい声で何かつぶやいた。
「何?」
振り返ると同時に、ロスタムに押し倒された。目に見えるのは天井と彼の何か物言いたげな表情だけ。
「お前が悪いんだろー!?」
そして逆切れ。さっぱり意味が分からないんだけど。もしかして寝ぼけてる?
切なそうな縋る様な声でカオルに何か訴えるロスタム。カオルにはその真意が伝わらない
「お前がいつまでたっても俺のこと、男として見ないから……」
「何? 酔ってる? 寝ぼけてる? どっち?」
「カオル! オレ……」
「ロスタムさーん」
ふわっと甘い香水の香りをつけたかわいらしい容姿の女が、飛び込むように部屋に入ってきた。
そしてそのままの勢いでロスタムをベットへ押し倒すものだから、私はとっさに横に転げて避け立ち上がる。鈍い骨の打つ音が響いたから、彼はきっと強く頭を打ったことだろう。
回避できてよかった。
「今日アクバルさん帰ってくるんでしょう?」
「あ、ああ! そうだった」
ロスタムは頭を抑えながら上半身だけ起こす。
「ってアリーシャ! なんでいるんだ」
「おそっ」
アリーシャと呼ばれた少女はロスタムに抱きついたまま頬を赤らめた。ホマーとはまた違う強引さを持つ彼女は恥ずかしそうに告白する。
「いやですわ。私だってもう結婚できる年齢になったんですもの。約束通り結婚してもらおうと思って」
「は!?」
なんだ婚約者いたんじゃないか。喜ばしいことなのになぜロスタムは焦って困惑しているのだろうか
あとちらちらとこっちを見ないでほしい。助けなど出さないぞ。
「それはお前が一方的に言ってきたことだろうが」
「でもそのたびにハイといってくれたじゃないの」
「いやっ、それはっ、その」
それって、『はいはい』とかいうやつではないだろうか。なんとなくそういう感じはする。
ロスタムは忙しいと人の話を聞かず流す癖があるからそうなんだろう。
「おい、ロスタム! 聞いたか? ……あれ?」
変な雰囲気の中でこの中で間抜けな声が響いた。
空気読めないのかこいつ。