決めたようで
お風呂を上がり、お城の中を歩いていると、ロスタムと目があった。
彼も服を着替えているからお風呂に突っ込まれたのだろう。
「……」
「……」
池に浮かぶ花はハスの花だろうか、薄ピンクから白い花が空に向かって咲いている。
歩けばそばにいた鳥たちが飛んで行った。
彼は動かない、彼の表情は見えない。
カオルはロスタムの声が聞こえるところまで歩いて、立ち止まった。
「昨日は今日の昔、今は明日の昔……って言葉知ってる?」
「……」
「月日が経つのが早いって意味」
もうすぐ二年になる。
ここにきて、いろんな人に出会って、いろんなことを知って感じて考えて、自分の命の価値を知って
時間の重さを知った。
すぐに変わることなんてできない、今すぐに求めた物も、手に入れることなどできない。
「正直、ここで生きよう。なんて決意してたの上辺だけだったなぁ私」
現代の価値観や、生活感を捨てきれず、自分を残し、古代の人に押し付けたり
『好き』といわれることや、言うことの重さなんてちっとも知らなかった。
ここで生きるのに、ここで『得るもの』に物怖じしていた。ここでいろんな人と関わって自分が歴史に残ってはと思ってた。ただ暮らすだけで歴史になんて残らないし、偉人でもない私が歴史を変えるようなことできるわけないって分かっていたのに
「目を逸らしてた。心の奥底の……どこかで、ずっと思ってた『いつか帰れるんじゃないか』って」
ロスタムと目があった。
カオルは微笑んだ。
「でも、アッシリアを離れ、いろんな人と出会って分かった。私の『帰る場所』はここだって」
なぜか背中の一部分が熱い。その熱が胸にともる。
「私が一番会いたかった人、私が一番好きな人……それは貴方」
飛んで行った鳥たちの羽が目の前を浮遊する。
白い雪のようにふわふわと
「ロスタムが好き」
ごめん、ミラ。先に言った。
ロスタムは目を見開き、耳まで顔を紅くさせた。口がわななかせ、何かを言おうと口を開いて閉ざす。
「貴方が私を選んでくれるなら、私はもう後ろを向かない。貴方だけを見つめる」
彼は顔を抑え、しゃがみこんだ。
「……」
その様子を見ていたカオルも、ふと自分の言動を振り返り、顔を真っ赤にさせた。
なにこれ、告白じゃなくてもはやプロポーズじゃない!?
「……ッばっかじゃねーの」
ロスタムの声。
「なんだよ、いままで俺のこと異性として見てないとか。誰とも結婚する気ないとか……偉そうに言ってたくせに」
「ごめん」
「俺が悩んでたこと全部、いいやがった」
カオルはこの世界の人間じゃない。いつか帰らなきゃいけない。それは天命。ならば逆らうことはできない。
結局どうあがいてもカオルを手に入れることはできない。
カオルのことを想ったらカオルのことは諦めて、いつかくる別れを覚悟しなきゃいけない。
でも
―――諦められるわけないだろ
「どうやったらお前が俺を見てくれるか、どうしたら故国よりも俺を選んでくれるか。ずっと悩んでたのに……馬鹿みたいじゃねぇか」
カオルはロスタムに近づいて、そっとその背中に触れた。
「泣いた?」
「馬鹿野郎」
彼は立ち上がり、カオルを抱きしめた。
「俺はずっと悩んでたんだぞ」
「うん。知ってる」
「悪魔かお前」
強く抱きしめられた。
いいのだろうか、こんな人が通りそうなところでこんな……こ、こんな、ね?
「俺だって、誰とも結婚するつもりなかった。お前以外とは」
「ロスタム」
「もし、お前が消えても、俺の前から居なくなっても、俺はずっと待ってる。お前が戻ってくるのを」
「それは……どういう意味?」
びっしゃーん。
急に大雨になり雷が轟いた。
「わあーお」
カオルは外を見て、驚いた。こんな短時間に嵐のような大雨。明日の宴大丈夫だろうか
「ねえこれ明日―――」
唇に触れる温かいもの。
ロスタムの強引な口付。初めてではない、けど、恥ずかしくて嬉しいと思うのは……これが初めてだった。
けど、彼が何かを隠していることは分かった。
(……聞かないほうがいいのかな)
今は、ただ純粋に君を感じていたい。
近くにまた大きな雷が一つ、轟きどこかに落ちたように感じた。
己の運命も、存在も知らず、ただ生きる彼女に運命の輪は回りだす。
砂吐きそう。




