水に流したようで
お城につき、アッシュルウバッリト王に挨拶をした。すると笑顔で受け入れられ、なんとお礼を言われた。
「女神と共にヒッタイトの疫病を治す手助けをしてくれたそうだな、礼を言うぞ」
カオルは緊張しすぎて何を言えばいいのか分からず、ただ深く頭を下げる。
「明日は女神主催の大宴会がある、心行くまで楽しむがよい」
「いえ、あの、恐れながら……」
「なんだ」
カオルは頭をより一層深く下げた。
「戦争はまだ終わっておられないのに、アッシリアのみ宴を催すのは、その……」
言葉を濁す。
「問題ない、スッピルリウマ王がミタンニの首都ワスガンニを陥落したと情報が入った。勝利したも同然。これを機に我々はミタンニから独立する! ……ただ、領土の半分は向こうのものだがな」
「……」
喧嘩ふっといて、逃げて、貰うもんは貰います……ってこと?
カオルは何も言えず七菜を見た。頭の中お花畑で意識を飛ばしているようだ。
(分からないけど、ダメな感じで歴史が変わってる気がする)
もう、変わったもんは仕方ないか。
カオルは諦めた。
話は進み、明日の宴まで滞在することに。城の中を探索してもいいという許可をいただいたのでさっそく行こうとしたら、七菜につかまれた。
「何?」
「その前にお風呂一緒にいこ!」
いい笑顔で、何をいっとるんだこいつ。カオルは怪訝そうな顔で七菜を見た。今度は何をたくらんでいるのだろう。しかし引きずられるように女官たちに強制的に連れられて行った。
かっぽーん。
って口で言いながら七菜はお風呂に飛び込むように入って行った。
「うううう」
そして足を打ったらしい。心配の声をかけるのもめんどくさいので無視してゆっくりお風呂の中に入る。なんか、ぬるっとしてる事に気がついた
(美肌温泉に入った時と同じ感触。温泉っぽい風呂か?)
お湯の上に浮いている花が体にまとわりついてうっとおしい。どうせならゆずのほうが好きだったとつぶやきながらカオルは波をつくり花を流していく。
足が痛いのが治ったのか、七菜はカオルをじっと見つめる。
「何?」
「意外と胸ある」
「お湯ぶっかけてさしあげましょうか?」
さりげなく扉の向こうに女官が居るので、あまり暴言は吐けないということに今更気が付き、わざとらしい敬語を使う。
「褒めてるのに」
「意外という言葉使った時点で褒められてる気がしない。で、何故急にお風呂なんですか?」
「今までの苦労を水に流そうぜ! みたいな?」
花を無言で投げつけた。
「ぺっぺ、口の中に入った」
「宴とかお礼とか、いきなりやるってことは何かあるんじゃないですか?」
「さっすが紀伊さん! 野性的本能凄いね」
「……」
カオルは七菜の足を引っ張った。彼女の顔がお湯に沈んだ。
「ぶあ! さっきから酷い!」
「自分で起こした不始末、自分でケリつけなさい」
「別に問題起きたわけじゃないし!」
「ほう?」
すこし上せ気味になったので、お湯から出て座る。日の光が目にまぶしく、少し細めて息をついた。
風が気持ちいい、朝に入るお風呂も嫌いじゃない。
「……ん?」
「あ、ううん! なんでもない」
七菜は顔を抑え後ろを向いた。
(女の人にときめいちゃった)
何も飾らない、何も持たない、けれど気高く美しい強い女性。少しうらやましいと七菜は眉を下げた。
と
「うわあ」
背中を足で押された。
「早く言え」
「うん、あのね……私、結婚するんだ」
カオルの顔が崩れていく。
「おめでとう……誰と?」
「顔が怖い顔が怖いよ……王子様とだよ? わー! 最後まで聞いてよ!」
「何を」
「私が結婚したいって言ったわけじゃないんだよ!」
「王子が直々にってこと?」
「ううん」
カオルは首を傾げた。
「どういうこと?」
「シュッピルリウマ1世が私のことえらく気に入っちゃっててさ~自分の息子? アルヌワンダ2世っていう皇子とぜひ結婚してくれって」
「アッシリアの女神様(自称)がヒッタイトに嫁ぐの?」
「自称って言わないでよー。もちろんいかないよ? ただそれを聞いたアッシュルウバッリト王が対抗心? みたいなもの燃やしちゃってね」
「なるほどねー。お前はそれでいいわけ?」
「うーん……微妙」
微妙って、何が? そう思ってみていると、七菜も暑くなったのかお風呂から出た。
二人なんとなく向かい合って座っている。
真面目な顔の七菜を初めて見たかもしれない……と、彼女が口を開いた。
「女神って誰か一人のモノじゃないじゃん?」
「あーうん、そういうやつだったわお前」
「それにさー皇子っつったって、大分年上なんだよー? 正妃様居るしー側室もいるしー……女神様が側室ってどうよ~? でも、正妃様の座を欲しいとは思わないしさ」
「結論」
「確立した権力欲しいけど、位置がおいしくないです」
足でお湯を七菜にぶっかけた。
「皇子のことは嫌いじゃないよ? いろいろ助けてもらったし、世話してもらったし……でもちょっと小言多いんだよねー。紀伊さんみたい」
二度目はバタ足でレベル上げてみた。
子どもかっていう突っ込みが聞こえたがこの際無視。
「あ、そうだ。香油塗ってもらおうよ」
ばしゃっとお風呂場から離れタオルを体に巻き、扉のほうに声をかけると、壺を持ったイルタや数人の女官たちが入ってきた。
カオルはぽっかーんとしていると、あれよあれよという間に横になって背中を塗られていた。
エステサロンみたい。あぁ、意外といい気持ち。
「えへへー」
七菜がひょっこりやってきた。
「……ある」
人の背中を触る。
「何?」
「なんでもなーいよ」
「?」
目の前に現れた七菜。
「私、紀伊さんのことだーいすき」
「……」
「何も企んでないよお。なんでそんな顔するのー」
「まあいいんだけどね急に何?」
「紀伊さん紀伊さん紀伊さん紀伊さん紀伊さーん」
酔っ払いかコイツ。
不思議そうに見ていると、えへへと笑った。
「この世界で一番大好きだよ」
「……私も嫌いじゃないよ」
「てへへ」
笑う少女に、同じく微笑みを返す。
君も私も
過去を知らぬ異国の未来人。




