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現代→古代  作者: 一理
comeback love
82/142

反抗期なようで

 どこか哀愁漂う秋空の冷たい風を身に受けながら、カオルはサイードと共にシリアへやってきていた。

 もちろんその理由はロスタムに会うためだったが、忙しい様子の彼とすれ違いにならないか少し心配だ。

「結構珍しい商品いっぱいありますね」

「地中海貿易の拠点地でもあるからね、いろんな国のモノがいっぱいあるんだよ。何か一つ買う?」

 お店で売られている商品を一つ持ち上げ優しく微笑むサイード。カオルは真顔で断った。サイードも母に似てか高いものを簡単に買ってくれる人だから困るのだ。

「っていうか、なんでお土産持っていく品物が『壺』なんですか。確かにプロ職人の高級品ですけど」

「アトラシュさんが希望したからだよ」

「へぇ。どういう人か分かりましたね」

 サイードに遅れないように並んで歩く。ここの女性はシンプルな布で頭を覆っている。なんとなく美人がいっぱいいるようなそんな予感。

 よそ見しながら歩いていると、急に止まったサイードとぶつかった。

「ごめんなさい」

「あぁ、ごめん。大丈夫?」

 こうして並ぶと、けっこうサイードさんって身長高いんだと今気が付いた。

 カオルにサイードは「ほら」っと指を指す。

「あそこがアトラシュさんのお店だよ」

 なかなかうちに負けないぐらい大きなお店だ。立派だし、なんだか厳かな雰囲気がある。

「裏側が家だから、まわろうか」

「はい」

 歩いて行く。

 家の前まで行くと大きな体をした豪快な男が笑いながら仁王立ちしていた。

「……何が楽しくて笑ってるんでしょうか」

「さぁ? そういう人だから」

 ひそひそいいながら近寄る。

「こんにちわ。アトラシュさん」

「おう! アクバルの倅!!」

 商人なのにびっくりするほどの筋肉モリモリの腕でサイードの肩を叩く。

 カオルは小さくお辞儀をした。目が合う。しかしその眼はカオルでなく、カオルの持つ壺に向けられた。

「おぉ、それか! がっはっは。良い品だ」

「兄さんは?」

「寝てるぞ。あいつ寝起き悪いな」

 他人にも言われるほど寝起き悪いらしい。私よく毎日起こし続けた。

 どうでもいいけど、私の持つこの壺どうしたらいいの?

「中に入って待ってろ。今ミラに起こしに行かせてるからな」

「じゃあ遠慮なくお邪魔します」

「行くぞ。……おう、壺な。ここから真っ直ぐをいって、右に物置があるから、適当に置いといてくれ」

「はい」

 豪快なアトラシュという男について行くように歩き出したサイード。

 ふと立ち止まりカオルのほうを見た。

「それ置いたらこっち来てね。一番広い部屋に行くと思うから」

「分かりました」

 カオルは歩き出した。

 正直この壺結構重い。さっさと運んでしまおうと早足で廊下を歩いていると、鈍い音と小さな女性の悲鳴が聞こえた。

「?」

 通過する道の途中にある部屋の扉があいている。通るついでにカオルはちら見程度に覗いて、そのまま去ろうとした。

 が

「……」

「……」

「……」

 沈黙。

 カオルは真顔でその様子を眺めていた。

「あ、あの……ロスタムさん。重い、です」

 頬を赤らめている女性の上に跨る様に倒れているロスタム。上半身は何故か裸だし、はたから見てロスタムが女性を押し倒しているように見える。

 この場合、見てしまった私が悪いのか。

 それとも、誤解されるようなことをしているロスタムが悪いのか。

「……カオル? なんで居るんだ?」

「……」

 驚いて目を見開いているロスタムの問いに何も答えず、カオルは扉をそっと閉めて壺を置きに歩き出した。

 ロスタムの喚く声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 湧き上がる怒りはあったが、思えば別にロスタムとそういう仲ではないのでアレは浮気にはならないし、縛ることなどできはしない。

 カオルはどんどん廊下を渡り、目的を達成させた。


 しばらく大きい部屋を探し、サイードたちが居る場所を見つけ、ドアをノックしてから入った。

「おう。お前がアクバルのお気に入りの使用人カオルってんだってな」

 立派な椅子に堂々たる様で座っているアトラシュが、ニカッと笑った。

 カオルは椅子へ誘われて、座った。この家のお手伝いさんか分からないが、飲み物を持ってきてくれたので頭を小さく下げる。

「ロスタムはたぶん、ぼちぼち来るんじゃねーか?」

「お父さん」

「!」

 さっきロスタムに押し倒されていた女性が入ってきた。淑女という言葉がよく似合う、儚げで美しい女性。

 目が合うと、ぽっと頬を染められた。

「おお、ミラどうした? あいつ起きたのか?」

「はい」

 サイードが立ち上がったので一緒に立ち上がった。

「初めまして。アクバルの息子ロスタムの弟、サイードと申します。こっちがうちの使用人カオル」

「ミラですわ」

 照れる様子もかわいらしい。いじらしくも恥じらいながら父の背中に隠れた。

(私も欲しいその女子力)

 扉が開く音が響き、そちらに目を向ければ何故か不機嫌面のロスタムだった。

「兄さん久しぶり」

「……あぁ」

「なんだ、いつもよりも一層不機嫌だな。仲悪いのか?」

「別に」

 ロスタムの目は私を見ている。私を見てイラついているようだ。

「……」

 睨んでくるロスタムをしばらく見つめたあと、カオルは少し悩んだが目をそっと閉じて……カッと見開いた。

 何が気に障ったか知らないけど、喧嘩売るってんなら買うぞコラ

「う」

 ロスタムが怯んだ。今のところ喧嘩で負けたことはない。ちなみに肉体言語的な意味で

「仲悪いのか?」

「むしろいいんですよ」

 サイードの言葉でカオルは目を逸らした。ミラはそっとロスタムの袖を引っ張った。

「?」

「ロスタムさん、もうお帰りになるの?」

「え? いや、別にそういうわけじゃねーんだろ?」

 サイードにロスタムはそう問う。と、サイードは少し驚いた顔を見せて頷いた。

「うん、顔を見に来ただけだよ。ね? カオルさん」

「はい」

 会いたくて堪らなかった相手は私に会いたくなかったようだ。若干仏頂面で答えると、ロスタムは小さくため息を吐いて頭を乱暴に掻いていた。

 その何気ない仕草にかちんときたカオルは立ち立ち上がる。

「ん? カオルさ……」

「サイードさん、ロスタムさんの顔も見ましたし、これ以上お邪魔してはいけないでしょうから、帰りましょう!」

「え? は、話をしなくていいの?」

「はい」

 アトラシュに頭を下げて、カオルはロスタムのほうを一度も見ず部屋を出た。

 バカみたいだ。

(そうだよね。結局そんなもんだよ)

 ロスタムなら再会を喜んで、皮肉の一つでも言って笑ってくれると思っていたのに

(……美人な娘と一緒にいたら、そりゃ心変わりもするわな! そりゃ私邪魔ですわな!!)

 家を出て少し離れたところで、立ち止まった。

 お昼も過ぎて人波はまばら、先ほどより歩く人間は少ない。そよ風に揺らされ木々から色褪せた木の葉がひらひらと舞い落ちていく、その光景は意識せずにカオルの目についた。

「そっか。離れて長かったもんね」

 男心と秋の空。こんなぴったりと当てはまる言葉があるなんてね。

 自嘲気味に笑っていると、後ろからこつんと頭を殴られた。

「……何?」

「ろくな挨拶しないで勝手に出ていってんじゃねーよ」

 振り向けばロスタムが居た。少し見ない間に身長が伸びていた。前はカオルのほうが高かったが、今では同じぐらいだ。

 成長期ってすごい。

「顔見るだけだったし」

「今までどこ居たんだよ」

「地中海の向こう」

「は?」

 何言ってんだこいつという顔してるが、本当なのだから仕方ない。

 黙っていると、また頭をわしわし掻いている。苦々しいことがあるとすぐやる彼のくせ。

「ロスタム」

「ん」

 カオルは、少し悩んで口を開いた。

「元気そうで良かった。……会いたかったよ」

 ロスタムは驚いたような顔を見せた。

(だから皆どんだけ驚くの? 私今までそんな態度悪かったわけ?)

 彼はほんのり頬を赤らめさせながら、鼻頭を掻いた。

「俺も、会いたかった……」

「のわりにはさっき睨んできたじゃん。喧嘩腰で」

 ここで素直に微笑めばいいのに、できないのがカオルの性分。

 その言葉にロスタムはハッとした顔を見せて再び渋い顔を見せた。

「カオル、俺」

「?」

「ロスタムさん」

 声が聞こえ振り返った。

「ミラ」

 走ってきたのか、彼女は息を切らせながら走ってきて、止まろうとしたらしいがスカートで足を躓かせた。

「きゃ」

「危ない」

 ロスタムが彼女を支える。

 その結果、二人が抱き合うような形になった。その何気ない体制にカオルは普通に見ていたが、ロスタムから見えない位置で顔を真っ赤にさせ恥ずかしそうにしているミラの表情を見て、胸が痛んだ。

「大丈夫か?」

「は、はい。ありがとうございます……あ、あの、カオルさん?」

「ん? あ、はい?」

「父が、アトラシュがぜひもっとカオルさんとお話したいからと」

「サイードは?」

 そういえば居ないな、とカオルは今更思う。

「人質にとられています」

 申し訳なさそうにいうミラにロスタムは苦笑いを浮かべた。

「仕方ねー親父だな。おい、カオル」

「ん?」

 ロスタムがこっちを見て手を出した。

「戻るぞ」

「……うん」

 その手を取ろうとした

 が

「痛ッ」

 ミラがしゃがんだ。

「どうした?」

 つかもうとした手が宙に浮かんだまま、行き場を失った。

 どうやら足を捻ったらしいミラを、ロスタムは抱き上げた。いつの間にそんな力持ちになったんだ。なんて

「……」

「行くぞ」

 恥ずかしいと小さな抵抗するミラ。それにあたりまえの様に対応し、仲良さ気に笑うロスタムの姿を見て、カオルは宙に浮かせたままだった手のひらを握りしめた。

「……」

 胸にある、闘う前にすでに負けているという失意の敗北感。それを払拭させたくて暴れたい衝動があるがそれを抑え、大きく、そして遠くなった背中を追うため歩き出した。


「……恋って、むかつくな」

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