素直になったようで
アッシリアに戻ってきた。少し変わってるところもあったが基本変わらない。
ナサ家の家に入ると、誰かが名前を呼びながら駆け寄ってきた。
「カオルー!!」
そしてそのタックルは私に直撃し、ダメージを受けた。
「げほ!? ほ、ホマーちゃん」
涙目で見上げてくる少女は間違いなくホマーちゃん。名前を呼んだあとは涙を流すだけで何も言わずただしゃくりをあげて抱きつく。カオルもそれに応える様にそっと優しく抱きしめる。
家の中から他の人もぞろぞろと集まってきた。
見慣れた懐かしい顔にカオルは自然と笑みがこぼれる。
「カオルさん!」
「あ、サイードさん! 御無事で何よりです!!」
「うん、ありがとう。カオルさんのおかげだよ」
「はい?」
首を傾げる。なにかしたっけか?
「女神様がカオルが手伝ってくれたんだっていってたわよ」
とシーリーンさん。カオルは笑顔を凍らせた。七菜さんはどうやら無駄なおしゃべりも好きなようで
そのことはまた追及するとして、カオルはそっとホマーの頭を撫でて、彼女と同じ視線になった。
「カオルは帰ってきました。……ただいま」
「おか……おがえりぃぃー!! カオルー」
余計泣かせてしまった。
カオルは困った顔を見せながら、微笑んだ。
(うちの姉弟もこれぐらい可愛げがあればよかったのに)
ふとカオルはサイードとアクバルを見て気が付いたことを問う。
「ロスタムさんは?」
「シリアよ」
「え? シリア?」
なんでそこに? 疑問に思っていると、それに答えたのは父アクバル氏だった。
「シリアにワシの古い知り合いがいるのだが、そいつが貸せと五月蠅かったので寄越したのだ」
「そう、ですか」
「残念?」
によによ微笑んだシーリーン。カオルは苦笑いを浮かべた。
「少し。……え?」
なんで素直に答えたら皆目ぇ見開くの?
「カオル、珍しく素直ね」
「やっとお兄ちゃんと結婚する気になったの!?」
「ホマーちゃんさっきまで泣いてなかった!?」
涙をまだ蓄えている瞳でこちらを嬉しそうに見つめている。しかし話がぶっ飛ぶのがずいぶん早いな。
あきれつつも苦笑いを浮かべると、アクバルさんと目があった。
「カオル」
「はい?」
「少し、二人きりで話したい。いいか?」
「はい」
真面目な顔つきでそんなことをいうものだから、私以外の他の人が不安そうな顔でこちらを見ていた。
このタイミングでそんなことをいうのだ、きっとロスタムのことだろう。
「……大丈夫かしら」
歩いて行く二人を見送りながら不安そうにシーリーンが呟くと、マミトゥは穏やかな微笑みを浮かべ愛しい我が子らを抱きしめた。
「どんなことになろうと、カオルはきっと大丈夫。彼女が決めた道は、とても真っ直ぐだから」
さりげなくこっそり盗み聞きたてに行こうとしたホマーはサイードに抱き上げられ、そうだよ。と優しく諭された。
そんな彼らの様子など知らず、カオルはアクバルの部屋に着いた。
さて、いったい話とはなんだろう。
「カオル」
腕を組んでまっすぐにこちらを見てきた。つられてカオルも背を正す。
「ロスタムはお前が好意を寄せている。……このことは皆知っていることらしいが」
そのこともカオルは知っていた。なんせ周りからずっとおススメされていることだから。
「お前はどう思っている」
ふいに来た質問。いずれは聞かれるとは分かっていたが、さすがにアクバルからその問いを聞かれるとは思わかなかった。
ロスタムのことをどう思っているか? その答えは、もう出ている。
「―――好きです」
自分の感情を素直に口にする。
「彼がいるから私はここにいます。離れて分かりました」
船の上でも、ローマでも、ギリシャでも、帰ってくるまでの間。私の一番会いたかった人はただ一人
「ロスタムが好きです」
今更だ。さんざん彼の気持ちを踏みにじってきたくせに、今更気が付いたんだ。私にとって大切なのは彼だけだと。
「……」
「でも、夫婦になりたいとかは別にいいです」
やっぱり長男だし、まともな嫁を取って子どもつくって家族まもっていってもらわなきゃナサ家的には困るだろうし。しょせん自分は得体のしれない自由人だ。自分で言うのもなんだが、何をしでかすか分からないし。
それに……と続けようとしたところ、手をゆっくりあげられた。
「?」
「落ち着けカオル。思い込んだらそうだと思うのはお前の悪い癖だ」
「スミマセン」
悪い癖だったのか、今自覚しました。
「一つ、誤解しているようだから訂正しておくぞ」
「はい」
「私はロスタムの嫁には、カオルでもいいと思っている」
「はぇ?」
びっくりし過ぎて意味わかんない声出たよ。
「最初、正直お前をこの家に入れるのは嫌だった」
まぁ何度も逃亡&暴走繰り返していたらそうだろうな。
「でもな、あんまりにもロスタムが頭を下げてこのワシにまっすぐに意見するものだから、置いてやっていたが」
アクバルさんに肩をそっとつかまれた。
「今ではその逆だ。他所にお前を連れて行かれたくない。ずっとうちに居てもらいたいぐらいだ。何故かわかるか?」
「さあ?」
それ分かったら私はナルシストか狙っている人になるんじゃないでしょうか。言わないけども。
「私はお前ほど矛盾した人間を見たことがない」
「褒められるのかと思ったのに違った!?」
めったに口角の上がらないアクバルさんが、笑った。
「『自分には関係ない。めんどうはごめんだ』といいながら、人に『おせっかい』をかける。これほど矛盾した人間はいるか?」
「おせっかいやいたことなんて……な、ない? ですよ?」
自分の行動を振り返ったらちらっとあったような。いや、おせっかいじゃないし、手伝いだしアレは。うん。そうだよ
「お前は良い人だ」
「むう」
褒められると照れる。
「ロスタムを、頼む」
「え?」
アクバルは優しく微笑んでいる。
「あいつが誰と結ばれようが、お前を選ぼうが、結局のところあいつにはお前が必要だろう。頑固な奴だから苦労するだろうが、まぁお前たちならうまくいくだろう」
「そうでしょうか」
「断言できる」
「……ありがとうございます」
カオルは頭を下げた。
感謝と、お礼の気持ちを込めてゆっくりと
「シリアにサイードと行って、ロスタムの様子を見てくるといい。シリアの市場で品物を調べているはずだから」
「私なんかいったらきっと邪魔になりますよ」
「はっはっは。邪魔ならもう巨大なやつがいるだろうから大丈夫だ。なんなら手伝ってきていいぞ」
「えー……向こうさんの迷惑になりますよ」
談笑して分かった。アクバルさんもまた、本当に心配していてくれていたんだと。
私はここにいていいんだ……。
ロスタム……あなたに早く会いたいな。




