会いたいようで
イルタはひっそりと後ろをついてきている。
ヒッタイトの市場に着くと、七菜とあるいたなーなんて思い出す。少し前の出来事なのに、遠くのことの様に懐かしいと感じてしまうのは
……マジで死を覚悟していたからでしょうか。
「カリフさん!!」
見知った背中を見つけ、駆け寄っていくと
「カオル殿!」
持っていた粘土板を投げ捨て抱きしめてくれた。嬉しいけど、いいのか?
「死んだかと思ったぞ」
「すみません……心配かけて」
「アッシリアに戻りなさい。みんな心配していたぞ」
「はい……なんのお役にたてずスミマセン」
「いいんだ、悪いのはあのエジプト人らしいしな」
カオルは首をかしげた。あのエジプト人というのはアリーのことだろうが、何故カリフがアリーを知っている?
不思議そうに見つめていると、カリフはあぁと話してくれた。
「実はな、お前が居なくなった後、顔を真っ青にした若い男がやってきてカオルを探していたんだ」
「……」
アリー……。意外と義理深いのね。てっきり「死んじゃった、てへぺろ」で終わりそうな人間だと思ってたわ
しかしこれでなぜ七菜が知っていたのか分かった。アリーが尋ねたのだろう。
「カオル様」
今まで後ろで控えていたイルタが声をかけてきた。痺れでも切らしたのだろう、カオルは惜しみながらもカリフに別れを言い、アッシリアへ戻るべく歩き出した。
その際、やはりイルタは後ろを歩く。
「……」
行く場所は分かっているけど、なんというか
(なんだか気まずいわ)
カオルは振り返った。目を伏せて歩いていた彼女と目が合うことはなかったが、ぶつからなかったことを考えるに、彼女は見ていないわけでもなさそうだ。何それ凄い技術。
「いかがなされましたか」
「えーっと。イルタさんも大変だなって」
彼女は黙った。何のことを言っているのだろうと思っているのだろう。
「主の命令とはいえ、わざわざヒッタイトまできて送迎しなきゃいけないなんてさ」
「あぁ……。そういうことでございますか」
全然苦に思っていないのだろう。そんなこと、と言わんばかりのリアクションだ。昔の人ってどんな仕事でも誇りにもってるところがある。彼女もそうなのだろうか。
「どんなご命令でも、主から命ぜられその任務を全うすることのできるのが私の使命。それがあるから私はここにあるのです」
「なるほど」
責任感が強い人って大変だな。
再び歩き出すと、今度はイルタから声をかけてきた。
「カオル様は、商人家の使用人なのでしたね」
「ええ」
「羨ましいですわ」
「ん~? うらやましい?」
彼女を見れば、確かにその瞳には羨望が揺らいでいた。
「今の現状に私は不満ございません。ですが、貴女の様にただ働いているのが羨ましいなと」
「……」
「アナタはなんのために働いていらっしゃいますか」
「別に、なにも……恩返しかなぁ」
「私は違います。生きる為、居場所を得る為、財産を得る為に働いています」
カオルはそういえば彼女がもともと売られてきたとルシアが言っていたのを思い出した。カオルも奴隷だった故言葉の中にある彼女の心中を察した。
(自由のない中に、己の存在を求めて……か)
「楽しそうに働いていらっしゃるのでしょうね。あなたは」
「深く考えたことはないけど、たぶんそうです。動くことは嫌いじゃないし、腐りながら仕事するのは嫌いなんで」
「ハッキリした方ですね。ですから出会う方々に笑顔で迎えられるのでしょうね」
「知り合いだからですよ」
「いいえ、気づいておられないのですね。アナタと他の方々の間に『身分』という格差がございません」
身分、か。確かに奴隷だったときも随分主に馴れ馴れしく声をかけていたような気がする。
まあレントゥティスが陽気な人間だったこともあるだろうが
「イルタさん……」
「生きるだけで私は必死です。ですから自由に生きているあなたがうらやましい」
そういった彼女の微笑みが、何故かとても美しいと思った。
馬車に乗ってアッシリアへと向かう。
その中で彼女の言葉を考える。自由に生きているあなたがうらやましい……か
(私、自由?)
古代って、あたりまえに生きることが自由なんだ。
現代で普通にやってきたことがすべて、古代では困難なことが多い、だからそうやってる私や七菜を、古代の人たちは自分たちとは違うと気が付くのだろうな。
人は、自分に無いものに惹かれる。
「イルタさん」
「何でしょう」
彼女は前と同じく無表情だ。相手を刺激しないためか、もともと感情が出ないのかは知らないが、せっかくの美人がもったいない。
「七菜……イナンナ様は?」
「女神様は城にて身を清められ、戦争の勝利を祈る儀式の準備をなさっておいでです」
「戦争まだ終わってないのか」
「……ですが、アッシリアの半分の兵士は戻ってまいりました。女神様がヒッタイトに協力を仰ぎ、アッシリアの非兵士だった民を戻すようお願いいたしましたから」
「よくまかり通ったな」
「ヒッタイトでネズミ駆除を行い、女神様が祈願なさいましたところ、ヒッタイト市民の大半が病気が治ったり、軽度になったりしたそうです」
「すごっ!?」
たまたまにしてはすごいぞ七菜。まさかこれが本当に女神補正? あれ? 神補正だっけ?
とにかくすごいとしかいいようがない。
「疫病に悩まされていらしゃったヒッタイト国王はひどく感動なさったようですよ」
一か月でそんな変わるもんなのだろうか。
「んー……」
戦争はつらいけど、ヒッタイトが手伝ってくれるなら心強いかもしれない。
ただ心配なのは、皆生きて元気でいてくれているかどうか
「カオル様」
「はい?」
「女神様にお会いになりますか?」
七菜に?
「……」
送迎の世話を焼いてもらって、心配してもらっているみたいだけど
「会わない。お礼だけ伝えておいてもらえる?」
「了解です」
ごめん七菜。お前に会う気力私には無い。
「それより早くみんなに会いたいなあ」




