天然ぞろいなようで
私たち商人は各地を赴き、いろんなものを物々交換し、そして市場で売り出す。もちろんお金で交換することもあるが、ナサ家はどうやら金貨はほどほどに集め、見知った商人と交換するという手段に取るほうが多い。
いざというときにはやっぱりカネよりモノ。モノより人との縁らしい
襲われたら一緒じゃね? と思うのは私だけだろうか。
「カオル」
驢馬小屋の掃除をしようと箒を持ったのと同時に声をかけられ、振り向くとやはりその声の主はロスタムで、彼が持っていた干し草を急に両手いっぱいに渡される、それだけの動作で次何を言うのかなんとなく察した。
「馬と驢馬と犬に餌やっといてくれ」
ですよねー。
「惜しい、鹿もいたらこのバカ野郎っていってやったのに」
「は? 何言ってんのお前? いいからやっとけよ」
そういって寝癖を乱暴に手で直しながらロスタムはハニシュたちと一緒に歩いて行った。
今日は週末、酒と女の日か。どうりで朝起きるの早いと思ったよ
「……あぁ、ごめんね」
鼻で笑っていると後ろから驢馬に頭を押し付けられ、彼のことは無視して餌をやることにした。
まぁ、酒と女いっても、結局商人仲間同士で飲むだけだし、酔っ払ってオエオエ言いながらハニシュかシュルラットのどちらかの肩を借りながら帰ってくることだろう。ハニシュはともかくシュルラットには奥さんいるんだから世話焼かせちゃいけないと思う。
「兄さん、カオルにばっかり用事押し付けるわよね。他にも使用人いるのに」
「ホマーちゃん」
かわいらしい刺繍をヴェールに施し、それを売ったり自分で着用するのが趣味のロスタムの妹、ホマー。
腰に手を当てて私に向かってびしっと指をさした。
「ホマーちゃん、じゃないでしょ!」
「様?」
「そうじゃなくてっっ! 兄さん女の人のいる酒場いっちゃったんだよ」
「知ってますよ?」
「どうしてとめないの?!」
「え」
逆にどうして止めなければいけないの? という前にホマーは私から干し草を奪った。横から馬が首を伸ばし干し草をもしょもしょと咀嚼している。
ロスタムに似て気の強い雰囲気で下からこちらを見上げている。じゃっかん背伸びしているのが可愛いが一体何を怒っているのだろう。
(あぁそれにしてもいい陽だな。今日は天気がいいから、あとで町の女の人たちと一緒に川に行って洗濯しようっと)
「もう、カオルってば! 兄さんのこと好きじゃないの!?」
「好きって何?」
「ああもう、ずっと一緒にいるのに鈍感ね!!」
なんで年下の小娘に怒られてるのかね私。
確かに彼に付き添い、後ろを追いかけ、いろいろなんだかんだで世話を一番させられているが、それはひとえに彼に恩を返すためであり、決して女としての本能ではない。
そんなもの正直今の今まで忘れていた。
しかしホマーはそうじゃないのか、腰に手を当ててすっかりお説教モードだ。
「兄さんは少なくともカオルのこと好きよきっと! 私カオルなら大歓迎だわ! カオル大好きだもん」
「それはとても嬉しい話ですけど。彼とそういうことになるのは違うかと」
「使用人でも家族だと私は思ってるけど、お姉さんになってほしいって思ってるから言ってるのにー」
服を掴まれ、ぐいぐいと駄々をこねる子どものように引っ張ってくる。
引っ張られても我儘聞き入れませんよ。
「そういえば、彼は長男なんだからそろそろお相手見つけないとですね」
「もおお!! カオルってばー!!」
「こら、何騒いでるの?」
シーリーンさんがマミトゥさんと一緒に馬小屋に顔をのぞかせてきた。その周りに犬がわんわんと咆えながらついてきている。可愛いけれどちょっと五月蠅い。
「あぁ、そうだ。エサやらないと」
「聞いてよ母さん!」
そういって今度はマミトゥさんに抱きつき、事を説明する。
「あら、まぁ、ダメよホマー」
さすが母親は違う。マトモだ。
「そういうのはちゃんとした場所で、ロスタムもお父さんもいるときじゃないと」
「カオルなら私大賛成だわ」
「いやいや、そこじゃないでしょ」
なんで怒るところそこなの?
「問題ないわ~。カオルさんはよくしてくださるし、商人としてのこともちゃんと分かってらして、安心してロスタムを託せるわ~」
「いやほんと、申し訳ないんですけど。いりません」
あんな微妙に上から目線のめんどくさがりボーイ。それにそういう風には見えないし
「私と家族になりたくないのー!?」
ホマーに再び服を掴まれる。凄い意思表示だけれどもやめてほしい、服破れそうなんだけど。古代の服って意外と頑丈だけど、ちょっとしたきっかけで綺麗に破けるから、丸裸になる前にやめてほしいんだけど。
あ、ちなみに今私ノーパンです。
驢馬が私の服を食べ始めた。
ホマーちゃん、干し草返して。餌が届かないからって驢馬が私を食べはじめてるから。変な意味じゃなくてストレートな意味で
「というより、本当にロスタムさんが私のこと好きって言ってたんですかー?」
三人ピタッと止まる。
「ほーら、言ってないんでしょう? 適当なことばっか言ってたらロスタムさん怒りますよ」
「カオル、ロスタムとあんな一緒にいて全く気付かないの?」
シーリーンが呆れと驚きが同時に来た顔でカオルを見た。……私が変人みたいな態度三人でとらなくてもいいのに
「他の使用人よりこき使われまくっていることは確かですね。まぁ、自分だけの使用人って感覚なんじゃないですか? まぁ、嫌じゃないですけどね、面倒なだけで。本当に嫌だったら殴ってますよ私」
中高時代に男子にからかわれてイラッとして、本気で殴りに走ったもんなぁ、ついたあだ名がパンチカオルだったなぁ……今思うとなんだそれ。
他の使用人達も最初のほうは何か言っていたが今では何も言わなくなってしまった。たぶんそれがデフォルトになってしまったのだろう。
「カオル、少しでもいいから、ロスタムとのこと考えて頂戴?」
マミトゥさんが私の手をそっとつかむ。
温かい、懐かしい感触のするその手を私は払うこともせず、じっと見つめる。
「申し訳ありません。彼は長男でしょう、ならしかるべき嫁を貰うべきです、少なくとも対等な年齢の娘を」
私は今25歳。彼は何気に若い20前……私には痛すぎる。親的には嫁は若いほうがいいのではないだろうか。こういってもらえるのは私的にはありがたいのだろうけど
現代での世間的にはまだセーフでも、古代でそれはちょっとキツイかな。若い子のほうがいいよ、ロスタム的にも世間体的にも。今ロスタムにお嫁さんがいないほうが正直不思議だし。
それに、私年下はちょっと……。
「彼のことは弟のような感じにしか、見えないので」
生意気な。とまでは言わないけれど、残念そうな三人を見るとちょっと良心が痛む。こんなにもよくしてもらい、本当の家族として受け入れてくれると言う彼女たちだけど、私はそれは違うと思う。
私は古代で生きると決めた。けれど、古代で子を生すつもりはない。そして名を残すつもりもない。
なんとなく、それってどうなのって、私は思ったから……。
古代で生きるけど、家族は持たない。だって、私はこの世界に居てはいけない存在だもの
「そう、でもねぇカオルさん」
「はい」
「私は諦めませんからね?」
「はい?」
握られた手がギリギリと軋む。
「いただだだだだ」
か弱そうな顔して、この人はやはり古代を生きる商人の嫁。粘りは強そうだった……。
っていうか、手折れそうなんですけど!?
あ、メキっていった