戻ってきたようで
実在の史実とこの物語は一切関係ないので、古代ローマとヒッタイト帝国時代の
時代が同じだと覚えないように注意してください。
アレク先生のもとに使者がいって戻ってくるのにしばらくかかり、承諾の旨を伝えられ、カオルはヒッタイトへと戻ることになった。
船で戻るには海賊が多く危ないので陸路を行くよう勧められた。実際海賊に襲われた経験のあるカオルは素直にそうすることにする
わずかなお金で傭兵を雇い、ヒッタイトへ舞い戻ったカオル。
しかしその表情は浮かない。
「……」
別れの宴だ。と、ただ酒の飲みたいジシスの口実に付き合わされ、邸に招かれお酒をぐいぐい飲まされたのだが、まさかその宴会が出立日まで続くとは思わなかった。
完全に二日酔いである。
馬の背に乗ってきたわけだが、これ以上に無いぐらい気分が悪かった。いっそ吐けたら気も楽になるというものだったのに
(帰れたことは喜ばしいんだけども……)
久方ぶりのヒッタイトに戻るとなんかあわただしい空気に包まれていた。嬉しい感情の消失早くない?
「なに、これ」
この状態でよく私戻ってこれたな私。
茫然としながらも適当に歩いていると、後ろから何かにぶつけられた。
「ぐはっ」
ふり返ると懐かしのカルガモ親子が完成していた。いつだってここの子供たちは元気で群れている。ぶつかったことに対して謝るのかと思ったら満面の笑みをみせている。
どうやら向こうも覚えていたらしく嬉しそうにカオルの周りを駆け回っていた。
「……。はっ!!」
しばらくしてカオルはあることに気が付いて猛烈にショックを受けた。
――― 言葉が分からない!!
(自分はバカだバカだと思ってたけど、アッカド語を忘れるなんて……)
無理やり別の言葉覚えたら、前の言葉忘れるなんて。なんてメモリー容量の少ない脳みそだろう。
(ちょっと笑える)
急に手をひかれ走りだす。驚きながらも子どもたちだったら変なとこつれていったりしないだろうと身を任せた。
やはり着いた先は見た覚えのある病院だった。中から色んな人が頭を下げたり笑顔を見せたりして出入りしている。どうやら患者の数は減っているようだ。アレク先生はやはりすごい
「……まあ治ったのか、私の予感が正しければ別の意味で人がいなくなったのか、どっちか分からないけど」
茫然と見ていると中から見知った顔が出てきて、嬉しそうな顔を綻ばせながらこちらに近寄ってきた。
懐かしい……アレク先生。彼は出てきてすぐカオルと軽く抱き合った。
「アレク先生言葉忘れちゃった、助けてください」
ラテン語でそういうと、アレク先生は大爆笑してカオルの肩を叩いた。いやジョークじゃないんですけどね。
「おぉ、確かギリシアにいたとか」
「えぇ、いろいろありまして」
苦笑いを見せ、とりあえず紹介のお礼を言う。
「ジシスは元気でしたかな?」
「えぇ、とっても。アレク先生にも帰ってきてほしいといってましたよ」
「ほっほっほ。そうですか。一度は帰らねばとは思ってたんですがねえ」
ふと、カオルは病院内を見た。
「七菜……女神様はお帰りになったのですか?」
「女神様はネズミ狩りを実行なさって、病院内の患者の手当ての手伝いをなさってくれました。そうしているうちに、お城から使者が来て女神と分かりそのまま」
癪だが七菜の思惑通りになったらしい。
(解せぬ)
お茶を飲んでまったり、しばらくアレク先生と話をして、こっちの言葉をのんびり思い出していった。
一度覚えたなら思い出すのはわりと時間かからなかったようで、話しているうちにすでに元の言葉を話しているのに気が付かないカオル
それに気が付いているけど微笑んだだけで言わないアレク先生。
「先生、そちらがカオル様でしょうか」
カオルは顔をあげた。
若い女性の声……見知らぬ女がカオルを視線を下げたまま、深々と頭を下げた。
「おぉ、来ましたか」
「誰ですか?」
「いやね、女神様にカオル殿が来たら連絡をくれと御願いされていましての」
「七菜が……?」
なぜ私がアッシリアにいないことが分かったのだろう。まさか、アッシリアにいてまでも私を利用しようと……違うか。
「初めまして、カオル様。女神様が非常にお世話になりましたとか」
「とても世話しました」
否定はしない。全力で肯定してやる。
「御世話様でございます。私は女神様の御側付をさせていただいております、イルタと申します」
イルタ……? どっかで聞いたことある様な。
「こちらでカオル様がお戻りの際、お帰りなど世話をするよう言いつかって参りました」
「あ、結構です」
なんか取っつき難そうだし、世話されるような偉い身分でもない。正直困るので即答する。
すると、イルタは下げていた目をそっとあげた。
目があう。
「……」
スレンダー美人というのだろうか。全体的にシュッとしているし、目も切れ長だ。
彼女の腕にある宝石に目が映る。
「……七菜がしていた宝石。あぁ、あなたが七菜の身代わりになっったという女官さんですか」
「主の身代わりをし、守るのが私の役目でございますので。しかし、ルシアやこの形見共々守っていただき、ありがとうございました」
簡素なお礼の中に仄かに感じる感謝の念を感じ取り、カオルは微笑んだ。
「ルシアは元気ですか」
「えぇ、女神様の腰巾着のようについて回り、とても元気ですよ」
言葉シビア過ぎませんか?
「アッシリアにお戻りになるのでしたら、馬車を用意いたしましょう」
「あ、待ってもらってもいいですか」
カリフさん心配してるはずだから、そっちに先行きたい。そう言えば了承してくれたイルタが「そちらを先に参りましょう」と言ってくれた。
アレク先生はよっこいせと立ち上がった。
「カオル殿、ありがとうな。たまには故国に帰ってみますよ」
「そのほうがいいですよ」
きっと故国のありがたみを知ることになると思う。
私たちは笑顔で別れた。
カリフさん、心配しているだろうか……。
どうでもいいけどイルタさん、こっちを見る目が痛い。




