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現代→古代  作者: 一理
ギリシアのようで
78/142

避けられぬようで

 引きずられた先は木漏れ日が気持ちよさそうに見える森林公園だった。家に帰るのはやめたらしい。

 というのも今日の朝、禁止されていた朝酒をこっそり飲んでいるところを奥さんに見られて、奥さん包丁持ってマジギレ中だとか……。

(ギリシャも怖いわ~)

「わしはジシス」

「爺っす?」

「お前名は?」

(あ、名前か……)

 カオルは適当に自己紹介を済まし、ジシスに単刀直入に聞いた。

「アレク先生の所に『助手』として私を送ってもらえませんでしょうか」

「おう、できたらな」

 できたらな?

 不安げな顔で見ていると指差して笑われた。地味にむかついたぞ。

「馬がいるんだわ。もちろん馬だけじゃ無理だわ」

「でしょうね」

「人がいるだろ? 最悪でも一日じゃあ辿り着かねえからその分の食糧も持たせなきゃならん。往復分な」

「それって遠回しに金払えって言ってます?」

「俺は年寄だ。これ以上金いらねえよ」

 じゃあなんでそんなもったいぶった言い方するんだろう。

 怪訝そうな顔をしていると、カオルの肩を掴んだ。

「ただな、問題はお前だよ」

「私?」

「本当に兄の知り合いとも分からんし、国の諜報員かもしれんしな」

「いきなりですね」

「おう、いきなりじゃ」

 しかし身分を証明する人間はいない。まぁ、イリアス様にお願いしてもいいんだけど、ちょっと弱いかなって……ローマにいたわけだし、ローマでの証明人のほうがいいのかな

 いろいろ思案していると、ジシスはニカッと笑った。

「なーんてな」

「はい?」

 拳が動いた。

「っ」

 目の前にまるでハンマーのような質量を感じる拳を突きつけられた。

「お前は悪そうな人間には見えんし、ただ純粋に何かを目指している目をしている」

「そうですか?」 

 私自身、最近心の中ずっと晴れぬ思案でもやもやしているのだが

「おう、気づいてないだけでな。お前、たぶん頭で理解するより心が先に納得しちまうタイプだろう」

「そうですか」

「絶対そうだ。なぜなら」

 なぜなら?

「お前、俺とおんなじ匂いがするからな」

 カオルは微妙な顔をした。ジシスは周りにめんどくさい人間扱いされているのに、それと同じということは、遠からずめんどくさいと思われていることになる。

 ジシスはカオルを見て豪快に笑った。どうでもいいけどこの人、私を見てとてもよく笑う。指差して笑うのだけはやめてほしい

「嫌そうな顔しやがってお前、生意気な」

 肩を叩かれる。

「お前、兄貴に会いたいわけじゃねえんだろ? ヒッタイトの国の出身か?」

「いいえ。どちらかというとアッシリアに戻りたいんです」

「奴隷だったんだろ? 帰る場所なんてあるのか?」

 カオルは微笑んだ。

「あります」

 古代なのに、帰るところがあるだなんておかしいと思うけど……ナサ家は本当の家族の様に温かくて居心地がとてもいい。

「そうか」

「はい」

 腕を組んで、ジシスは空を見上げた。雲で隠れた太陽の丸い輪郭が見える。

「もし、ヒッタイトについて」

「アレク先生に会ったら、たまには帰って来いっていえばいいんですね」

 彼はこちらを見ないまま笑った。

 カオルも笑った。

 めんどくさい人間かも知れないけど嫌われてはいない。むしろ親しいからこそめんどくさがられるのかもしれない。

「よっこいせ。なあ日が沈むには早いだろ?」

「昼ですけど」

「へっへへ。俺より若いけど、なかなか面白そうな経験もってんだろ? 話してくれねえか」

「そんな面白そうな人間に見えます?」

「おう」

 即答か。

 カオルは唸った。自分の人生と言われても確実にジシスよりはまだまだだし、急にそういわれると何から話せばいいのか分からない。

 悩んでいると、ジシスにまだかと言われた。三分も経ってないぞ

「お前、アッシリアから来たんだろ? アッシリアからなんでギリシャへ?」

「いろいろあって」

「そこ、俺が知りてぇの」

「あぁ、はい」

 カオル適当に腰かけた。

 まず、どこから説明しようか……アッシリアからかな

「……私、いろいろあって自分の家族と離れ離れになってしまったんです。一人ぼっちでどうしようもなくて」

 受け入れられない現実に獣の様に咆哮しながら駆け回り、逃げていた。そんな私を落ち着かせて受け入れてくれたのが、アッシリアの商家の家族だった。

 使用人にも家族の様に接してくださったし、和気あいあいと本当に充実していた。ここでなら生きていける。

そう思えるようになるほど

「さては、惚れた男でもいたな?」

「え?」

 ふと何故かロスタムの顔が思い浮かんだが、それはちがうだろうと心の中で手を振った。

「違いますよ、そんな人いません」

「なんじゃ、照れんでいいのに」

「照れてません」

「なら気づいてないだけじゃな。俺の妻の若いころと同じ『恋する女』の顔をしておったぞ?」

「鈍感そうなのにそういうのは分かるんですか?」

 というと笑って流した。やっぱり適当に言っていたらしい。この人らしいと言えばそうかもしれない。

「まぁ楽しくやってたけど、戦争になって家族はバラバラになりました。私はお世話になっている主の兄弟のお手伝いにヒッタイトに行くことになりまして……そこでいろいろあって、アレク先生と短い間でしたけどお世話になることになりました」

 本当、短かったけど。

 思えばここから私の人生が反転したと言ってもいいだろう。

「アリーという、エジプトの男と仲良くなっていたのですけど、何を血迷ったのか私を拉致って船に乗せたんです」

「お前、まるでお姫様みたいだな」

 笑っているジシスだけど、笑い事ではない。

 そこから船に飛び降りてしまいギリシャ人の船に助けられたというと、これまた大爆笑していた。

「笑い事じゃないです! ここからが本当大変だったんですから」

 観光船は海賊船に襲われ、ローマへ。アマゾネス扱いを受け、コロッセオの見世物にちょうどいいと売られそうになったところをレントゥティスに買われた。

「おう、聞いたことあるな。確か将軍の家だったなぁ」

(やっぱりいい御身分だったんだなぁ)

 なのに申し訳ないことしちゃったな。とちょっとだけ反省。

「そこでいろいろやらかしちゃいまして」

 さすがに詳しく言うことはできず、誤魔化す。

 ガイウスと一緒にギリシャに来たが、つい前日亡くなってしまい……奴隷ではなくなったが、帰り方が分からず途方に暮れていたということだった。

「……」

 ぽとり、涙がこぼれた。

「あ、ごめんなさい」

 カオルは急いで目を擦った。

「うむ、いや気にすんな。お前可愛いな」

 頭を撫でられた。

「まぁ後もう少し我慢すれば帰れるんだ。そう悲観するな」

「ありがとうございます」

 微笑むと、ジシスが拳を構えているのが見えた。

 ……何をしてらっしゃる?

「よっしゃ、気晴らしにいっちょ戦おうや」

「おかしいおかしいおかしい」

 何故か楽しそうだ。

「ローマでアマゾネス。ギリシャでアテナだろ? いずれも美しくって戦える女神。男なら手合せしたいと思うもんだ」

「意味がわから……」

 手加減しているのは分かったが、重そうな拳が飛んできた。

 急いで避けた。どうやら避けられない戦いらしい


「……」


 いやいや、おかしいでしょ。避けられるわ。むしろ無駄な戦いだわ

 キィの悲鳴が上がるのはこの直後であった。

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