色々あるようで
あまり良くない台詞などあるので注意
次の日、イリアスは懲りずにやってきた。
「……なんすか」
カオルは花に水やりをしていたのを止め、彼を見た。
「御願いがあるんだ」
手を合わせ丸い目をうるうるさせる。それ女の技だろう。
じゃっかんイラッとしながらも、断ることはできないので用件を聞くことにした。
「僕に戦い方教えてほしいんだ」
「ダメです」
奴隷は断ることできないって誰が言った?
カオルは手に着いた水を払いながらバケツを片づける為にのんびりと歩き出す。それに着いて来るようにイリアスはまとわりついてきた。……見た目より私は暇じゃないんだけど
「なんで? いいじゃないか別に、アテナの化身なら教えてもらってもなんの問題ないでしょ~」
「お断りします」
理由は一つ、正直にめんどくさい。
「じゃあさ、僕のどこがダメか見ててくれる?」
「はい?」
サヴァスを呼ぶと何か準備を始めた。
剣の形をした練習用の木でできた武器を二本持ってきて、一本はイリアスに、もう一本はサヴァスの手に渡った。
「?」
何をするのかと思えば、いきなり二人は戦いだした。
美しいイリアスは凛々しく真面目な顔で相手をにらみ、剣を振るう。一方奴隷のサヴァスはどこか余裕の残る顔で攻め入る攻撃を軽々と流していた。経験の差もそうだが、素人目でもわかる。サヴァスのほうが上手だ。
木剣がぶつかり合う音に気が付いたのか、絵具を服に着けたままのガイウスが現れる。
「おや、稽古かな」
「人の家でなにしてんだって話ですよね」
見ていてという話を普通になかったことにするカオル。ガイウスはカオルの横に立ち、二人の若者が剣をぶつけあうのを見守り、温かい目を向けていた。
この稽古が終わろうが終わらまいが、カオルにとっては迷惑なことでしかなかった。見ていろと言われた手前見ていなければいけないし、その間他の仕事ができない上に終わって剣のアドバイスを求められても……正直とても困る。
(私、どっちかっていうと打撃系が得意なんだけどな)
しばらくしてイリアスが暑さにやられて倒れた。
夏の終わりといっても残暑は残る。
「そんな気はしてたけど」
カオルは影に長椅子を用意し、そこにイリアスを運ぼうとするとサヴァスが何も言わずイリアスを抱き上げた。日に焼けた彼の肌は白いイリアスによく映える。
「……私飲み物とってきますね」
「じゃあ私は扇でも」
とことこそれぞれの求むものを取りに行くべく歩いて行く。
倒れたイリアスをサヴァスはそっと触れた。
「僕に、触るな」
サヴァスは黙って手を引っ込めた。
「汚らわしい男め」
睨みつける目は冷ややかで攻撃的。サヴァスは牙を見せて笑った
「まだ気にしてるんですね」
「普通は気にするだろ! グレゴリウスのお気に入りじゃなかったら追い出してやったのに!」
「はいはい」
「バカにするな!! うっ」
眩暈が起きたのか揺れるイリアス。彼を支えようと手を伸ばすと弾かれた。
「触るなって言ってるだろ!」
「……」
サヴァスは素直に手を戻したが、何を思ったのか
「!?」
再度イリアスの腕を強引に引っ張り、無理やり唇を合わせた。
「っやめろ!!」
イリアスが腕を強く振ったことにより、汗で滑らかになっていた彼の腕からブレスレットが飛び、飲み物を運んでいたカオルの顔面に綺麗にヒットした。
「……あ」
「……」
「扇と、濡れタオル持ってきたけど、体調は良くなったかな? ……あれ?」
ガイウスはどす黒いオーラを放っているカオルの背を見て、何も言わずbackして家の中に戻って行った。
「ご、ごめんなさい」
素直に謝るイリアスに、カオルは無言で飲み物を渡し、サヴァスの腕をつかんで歩き出した。
「……」
「ちょ」
イリアスから少し離れた場所でカオルはサヴァスの胸に拳を軽くぶつけた。
「どういうつもりですか?」
「何がでしょうか」
「男が男に……いえ、無理やりあんなことを」
「いけませんか?」
サヴァスは嗤った。
「美しいと思うものに口付して、何がいけないんです?」
「嫌がってたじゃないですか」
「他の男には軽いのにね」
「あ?」
カオルはイラッと来てサヴァスをにらむ。
「エロメロスはエラステスに人生の徳を学ぶとともに、肉体も抱かれるんですよ」
「どうぇっ……? そ、そうなんだ。……って、それがどうしたんです」
衝撃な内容に流しそうになったが、それとこれとは別だ。相手は嫌がっていたそれは事実だ、そう口を開こうとするが、サヴァスのほうが先に口を開いた。
「彼は本当は上流貴族なんかじゃなくってただの一般市民だった。けれど、エロメロスになりたいがためにいろんな男に、男だけじゃない女にも躰を売って今のグレゴリウス様のエロメロスになったんですよ」
エロメロスの真意は分からないが、そこまでしてまでなりたいものだろうか。分からないが、カオルにはそれよりももっと不思議なことがあった。
「それとサヴァス、貴方の関係はないはず」
「今言ったことをご主人様に黙っていてくれるなら僕を好きにしてもいい」
「へ?」
「そう、彼が言ったんですよ。だから別に何の問題もない。なのに、彼は嫌がりだした」
尻の穴のでかい恥知らずのエラメロスが、と言ったサヴァスに、カオルは何も言わず殴り飛ばした。
「……なんです?」
「私何故あなたが好きになれないか、分かった」
拳を鳴らす。
「自己中心的で、傲慢。見ていて吐き気がする」
「俺も吐き気がする。アナタのその偽善的な行為にね!」
サヴァスは立ち上がりカオルを殴った。負けず嫌いなカオルは何も考えずただ目を光らせ、殴り返した。
なんどか交戦を繰り返しながら、二人同時に同じことを叫ぶ。
―――こいつ
「「気に食わないっ」」
「キィ!? サヴァス!!?」
ガイウスとイリアスがやってきた。驚いた表情で殴りあってる二人を止めて訳を聞いた。しかし何も答えない二人。なんとなく察しているのかイリアスは下を向いている。
その様子を見てカオルは口を開いた。
「自分の道は自分で決めて、それに対して責任もって。進んじゃったもんはもうしょうがない。開き直って進むまで」
「キィ……」
私が偉そうに言えることではないけど。カオルはへにゃりと笑った。
「誰だって人に言えない黒歴史ありますって」
「……」
涙目で彼はうん、と笑った。
「サヴァス、次余計なことしたらグレゴリウスに言うから」
「……わかりましたよ」
「キィ。唇切れてるよ」
カオルは指で口を触れば確かに赤い。舐めりゃ治ると思い舐めると鉄さびの味がした。
イリアスはそんなカオルの仕草を見て目を細め呟く。
「綺麗だね。キィ」
「え?」
「真っ赤な唇、僕よりもとっても魅力的に見えるよ」
逆光に照らされたカオルは彼の顔は見えないが、とりあえず苦笑いを浮かべ歩き出した。
まさしくアテナのようだと、彼がそう言ったのを、彼女は知らない。




