逆なようで
「グレゴリウス」
「なんだ?」
花びらの浮かぶ風呂に入りながら、傍で長椅子に座りワインを楽しむエラステスにイリアスは胸の内を明かした。
「ガイウスって人の家に住んでいる、女の奴隷いたでしょ?」
「あぁ」
「生まれた国が違うと、美的感覚違うのかな」
「……」
変なものを見るような目でグレゴリウスはイリアスを見た。花びらを弄りながら不満げなエロメロスに、彼は小さく笑った。
「フられたか」
「まだフられてない!」
「イリアス」
空になったグラスにワインを注ぐ。日の光を浴びてその赤はより一層淡い彩りを増す。
「人間の中には見た目だけでなく、中身を見る人間がいるということだ」
「グレゴリウス」
イリアスは唇を尖らせた。
「それって、僕が中身のない人間だっていいたいの?」
「心当たりでもあるのか?」
「意地悪言わないでよ!」
水が揺れる音がする。そちらのほうを見れば一糸纏わぬ姿のイリアスが風呂から出ていた。滑らかな曲線を描く腰や、華奢な四肢、何を取っても完璧。
だか、美しいだけではダメだ。
「お前はまだ子どもだ。これから成長すればいい。肉体は放っておいても成長するが、精神は己で鍛えねばならん」
「はい。エラステス」
「期待しているぞ」
一方、ガイウス邸。
「うーん……」
カオルはねこじゃらし片手に猫と戯れつつ、悩んでいた。
先日女子力アップを意気込んだものの、やっぱりめんどくさくなったのだ。市場でそれらしいものでも買い集めようかと思ったが、ギリシアではローマとは違い『日ごろの鍛錬こそが美しさにつながる』と肉体的な美しさを求めているので、上辺だけの美しい化粧はほぼされてないらしく、それらしいものが見当たらなかった。
やっと見つけても、結局買わなかった。需要がない=化粧品高い。そこまでして美しくなりたくない。
「キィ」
「あ、ガイウスさま」
「少々出かけてくるよ。邸を頼む」
「供はいらないのですか?」
「大丈夫」
そういって後ろ手でのんびり歩き出した。散歩か
夕ご飯どうしよっかなと考えていると、猫が走り去って行った。
「こんにちわ」
聞いたことのある声、立ち上がり振り返るとイリアスとサヴァスだった。今日も今日とて美しい。
カオルは猫が去ったことにより暇になり、手にしていた使い道のなくなったねこじゃらしを投げ捨てた。
「イリアス様、今日はどうなさったんですか」
「君に会いに来たんだ。ダメだった?」
甘えるように腕に抱きついてきた。
(猫人間……)
今はまだカオルのほうが大きい。
「!」
見下ろすとシャープな頬の輪郭が綺麗に見えた。甘い香りにくらくらするような錯覚に陥る。
「猫みたい」
「え?」
「小さくて色が薄くて、甘え上手」
頭をなでると、イリアスは頬を紅く染めて、その手を払った。
「僕は猫じゃない!」
(しゃーっ……)
「キィは僕のことそんな風に思ってたの?」
(ふみゃう……)
心の中で猫の気持ちっぽく再現していたカオルはしゅんっとなったイリアスに笑顔を見せた。悪びれた様子無。
「いいじゃないですか。猫。可愛いし、猫は愛される生き物ですよ!」
私イヌ派ですけど。
イリアスは少し悲しそうな色を見せた。
「?」
「猫が愛されるのは、見た目だけでしょ」
自嘲気味に悲しそうに彼は微笑んだ。その言葉はまるで自分自身に言ってるように聞こえ、カオルはどうしたのかと聞こうとしたが、その前にさえぎる様にイリアスに手を引っ張られた。
「市場に行こう! 僕が何か買ってあげるから」
強引、けれど悪くない。いや決してモノにつられたわけではないよ。
手をつないで市場に着いた。これってデートというのだろうかって思ったけど、よくよく考えれば歳の差凄すぎてもはや姉弟だよね。
「これきっとキィに似合うよ! 買ってあげる」
そういって彼はかわいらしい小さな花のガラが着いた服を買ってくれた。おまけでアクセサリーがついてきたが、これはイリアス効果な気がする。
しっかし……美少年と歩くのはなんか嫌だなぁ。誰かと歩くの嫌だと思うのは、七菜とルシアを連れた時以来かも。
なんて考えていると、一人の男が目の前に邪魔するように立ってきた。
「……何?」
「お客様こういうものに興味ありませんか? うちの店すぐそこなんですけど、今ならお安くしますよ?」
そういって笑う男の手には豪華に飾られた宝石の被り物。どうやら宝石店ぽいらしい。
わあっと興味を持ったらしいイリアスはそれに釘づけだが、興味ないカオルは冷静に店員を見つめた。ニコニコ笑っているが、どうも胡散臭くて堪らない。
(私の直感が告げている。これは面倒しかないぞ)
カオルはイリアスの腕をつかんで、歩き出した。
「行こう」
「あ、ちょっと! もう少し見てみたかったのに」
進んでいたのに、逆側に力がこめられ、前に進めなくなった。後ろを振り返るとイリアスの腕をつかんださっきの店員。
「このように美しい腕をお持ちならこういうのはいかがでしょう」
と言ってイリアスの腕に美しい彩り豊かなブレスレットを着けた。たしかに彼にあうけれど、なにそれ押し売り?
「やめてください」
カオルはイリアスの前に立った。
「しつこいですよ。こんなもの買うお金は持ち合わせていません」
「奴隷に聞いてなどいない。さあ旦那、いかがでしょう」
「いいなあ、これ」
「そうでしょう。ささ、こっちにうちの店ありますので」
彼の手を連れて歩き出す。向かう先はやはり人気の少ない市場から離れた場所。
カオルはめんどくさいと思いながら追いかけた。
細道を歩いたあたりで、無駄に人層の悪そうな男が腕を組んで仁王立ちして道をふさぐようにそこにいた。
イリアス達が通ったのを確認すると、通行しようとしたカオルにその男は「お前は来るんじゃねえ」と足止めした。失礼な何故私はダメなのか
カオルがいないことにさすがにイリアスも気が付いたのか、足を止めた。
「やっぱり、いいよ。僕帰る」
「此処まで来て、なにをおっしゃるのか。大丈夫、お客さんがおとなしければ痛いことは何もありませんよ」
「!」
イリアスは店員につかまれた腕をひっぺがし、逃げるように走りだした。が、先ほど道をふさいでいた男がイリアスの目の前に立った。
「さぁ、綺麗に着飾って、お客さんの前で踊る練習しましょうね。なあに、お客さんの様に美しい容姿ならいい旦那がつくことでしょう」
「い、やだ。いやだ! やだ、離せ!!」
男たちが集まり、イリアスを掴む。
「やだああああ!!!」
バキッ……。
男が目の前を浮いていた。
「え?」
「な、何者なんだ! 貴様」
先ほど道をふさいでいた人層の悪い男が地面を跳ねるように倒れると動かなくなった。
「私? キィですよ。正しくは紀伊カオル。奴隷ですけど、何か?」
腕を鳴らす。
「キィ!」
ふつう逆じゃね? とは思うが、彼はまだ少年だ。仕方あるまい。カオルはため息を吐きながら構えた。
「その子を離さないなら、痛い目見せますが?」
私は、悪人に対して遠慮しない。
「女風情が生意気な! やってしまえ」
男たちが拳を振るう。
イリアスが目を閉じると、音だけが響く。男の悲鳴、けれどキィの声は聞こえない。
「があああ!!?」
「正面跳び式からの腕挫十字固……スカートだけど、まぁ見えなきゃいいのよ見えなきゃ」
「おら」
上から遠慮なく振り落された棒をよけると、腕の間接伸ばされていた男に当たり、関節技で苦しんでいた男は仲間から受けた攻撃で気絶する。
仲間の心配もせず棒をただ振り回す男の攻撃から逃れ、距離を取るとちょうどそこに箒が目に入った。
にやりと笑うカオル。男がヒいた。
「ナイフじゃないから怖くない!!」
棒を振り上げ来た男におびえることなくカオルは払い技で相手の攻撃を凌駕した。力技で気絶した男を足蹴にして、状況を把握する。
残り三人。
「お次は誰?」
ストレス発散にちょうど良くてつい楽しくなってきたカオルは挑発的に牙を見せて笑った。
「ヒッ」
「アテナだ……」
誰かがつぶやいた。
「アテナが降臨した!! 助けてくれ!!」
男たちはイリアスを置いて逃げ出した。カオルは拾った箒を投げた。
すっこーん。商人風の格好をしていた詐欺師に直撃し、彼は倒れる。残り二人は雇い主なのだろう詐欺師を助け起こそうとしていたがカオルが近寄るのを見て雄たけびをあげて特攻してきた。
「やっ!」
男の一人の攻撃を避け、バランスを崩して倒れそうになったそいつの背を掴んで、もう一人の足で男の顔面を蹴り飛ばした。悲鳴を上げて逃げ出しそうな男の背中を蹴り飛ばし、気絶させた。
あとで兵を呼ぶとして、カオルはのんびり乱れた服を直し、イリアスのところまで行った。
「大丈夫ですか?」
「!」
差し伸べられた手を、イリアスは無視してカオルに抱きついた。
「怖かった!!」
「……」
カオルはイリアスの頭を撫でながら心の底から思った。
……逆じゃね?




