まったりしたようで
ガイウスさんはとってものんびりとしている。
趣味は彫刻。散歩。お昼寝。
なんというか
(お爺さん……)
ワインと果物を持って庭園にいるだろう主のもとへ歩いて行く。
植物のアーチをこえるとワラワラと猫がいるのが見える。
彼はどうも驚くぐらい動物に好かれやすい性質らしく、数時間と経たないうちにこの屋敷は猫邸と化した。
(猫アレルギーじゃなくてよかった)
主の背が見え、話かける。
「ガイウス様」
「やあ、キィ。そこへ置いてくれるかな」
「畏まりました」
元々置かれてあった木製の机の上にワインと果物の入った籠を置き、ガイウスが見ているものを見た。
作りかけの天使の象。
「……天使ですか?」
「そうだよ」
「へえ……像って、粘土だったんですね」
「違うよ」
にこやかに否定されました。
粘土のついた手を濡れたタオルでふき取りながら、像を横に置いた。
机の上にあったワインに手を取り、グラスに注ぎ飲み干す。
「粘土でね、まず原型を作るんだ」
今の段階のことを言っているらしい。
「石膏で雌型を作る。雌型を外して中の粘土をかき出す」
「雌型ってなんですか?」
「中空の器物を作るには雌型(外型)が必要なんだよ」
奥が深いですな。って言ってみただけで一切理解できない。
しかし、こういうのって専門の人に聞いてはいけなかった。
「雌型の内側に離型材を塗る。雌型の内側に石膏を貼り込んでいく。型を合わせて一体化させ合わせ目を内側から補強するんだ。それで石膏で出来た雌型を割り出す」
「はぁ……」
「雄型を傷つけないように慎重にね」
「?」
「本体のことだよ」
詳しく話してくれるのはいいけど、長い。
面白いとは思うけど、あんまり理解できなかった。そういうもんよね女って
「それで最後に……あ」
猫がガイウスが作っていた天使像(未完成)を倒した。
crusher
「……」
「……」
何も言えない。
「が、ガイウス様」
「あははははっ!」
腹を抱えて笑い出すガイウス
カオルは驚いてみていると、ガイウスは猫を抱きあげ鼻同士くっつけあわせた。
「こら~。悪戯っ子だなぁ?」
猫はにゃあと一鳴きした後ごろごろ喉を鳴らした。
他の猫も我も我もと言わんばかりにガイウスに飛びついている。
「……」
カオルは微笑んでガイウスに近寄った。
「ん? キィ?」
「どうやったらそんなに猫に好かれるんですか?」
カオルのところにいる猫は老猫だけ。いや、これはこれでかわいいんだけども
「じゃあ、はい?」
猫を渡された。
白黒のブチ猫。子猫を抱き上げ撫でようとしたら
「……」
猫の手はガイウスの服を掴んで離さない。
「おいで~」
少し強めに引き寄せると、体全体をガイウスのほうへ向けていた。
解せぬ。
(この猫様が、何をそんなに嫌がる! お前雌か? 雌なのか!?)
少し意地になってカオルは猫を強く引っ張るが、服からびりっという音が聞こえてカオルはパッと手を離した。
その後勢いよく猫が戻ってきたものだから、驚いたガイウスは猫を抱いたまま倒れこんだ。
これをチャンスと他の猫がガイウスに群がる。
「あぁ、すみません。大丈夫ですか?」
手を差し伸べると、掴まれた。
彼が起き上がると猫が転がり落ちた。
そして分かった。
「ガイウス様、狂気的なほど猫に好かれていますね」
「うん。昔っからなんだ。でも母は猫が嫌いでね。寄ってきていたら水をまいていたよ」
(オチは読めた)
「それでよく私も巻き込まれてびしょ濡れになっていたよ」
(ですよねー)
あははは、と笑いあう。
猫だけきょとんっとしていた。
「キィは猫あんまり好きじゃないのかな?」
「好きですよ? 犬のほうが好きですけど」
「そっかそっか」
「?」
何故か納得した様子のガイウスの顔を覗き込んだら、クスクス笑っていた。
「キィはね、本当に興味あるものがあったら目が少し大きく開くんだ。知ってた?」
いいえまったく。
真顔で見つめていると、そっと頬を撫でられた。
「ふふ、君を見ていると面白いよって聞いていたけど、確かにそうだったなぁ」
「誰情報ですかそれ」
「ベネデット君だよ」
あいつか。
猫が悲鳴をあげて逃げ出した。
「なんだろうね」
見に行くと噴水が爆発していた。
何故だ。
「どうしたんだろうね」
普通に噴水に近づき修理を施そうとしているガイウス。
「濡れますよ」
もう濡れているが一応そういうと、大丈夫だよっと帰ってきた。
「ガイウス様~」
タオルをもってカオルはギリギリまで近寄った。
「さりげなく弱いんですから、そろり戻ってきてくださいよ」
ローマにいた時もわりと風邪ひいてたしね。
ガイウスは笑いながらびしょぬれで戻ってきた。
「たぶん私には直せない!」
「いい笑顔ですね!」
「あはははは」
今日のガイウス様は機嫌がいい。
「何かいいことあったんですか」
「どうだろうね」
タオルで顔を拭き、さっぱりした顔でこちらを見つめてきた。
白い肌が病的にも見えるが、どこか清廉にも見える。
「……ガイウス様」
カオルはそっと、ガイウスの手をつないだ。
ひんやり冷たい。
「キィ?」
「……」
そっと頬に触れる。
水で濡れた彼の髪は、彼の手同様にとても冷たい。
「……やっぱり」
「え?」
掴んでいた手を引っ張った。
「家に戻って風呂! 体冷たいのに頬熱いじゃないですか。完全に風邪ですよ!」
「それは気が付かなかったなぁ。あははは」
「あはははじゃないよ!! 嫌にテンション高いと思ったわ!!」
完全に敬語が消えたことに気づいていないカオル。
ガイウスは笑いながらその手を見つめた。
「君といられるのが嬉しいんだ」
きっと呟いた声は届かなかったけど、それでもいいかな。
猫が見送る、君との道。
うん、悪くない。




