目力強いようで
主人にご褒美をもらった。
今まで奴隷は雑魚寝していたのに、私に個室の部屋ができました。
わーい、うれしいなー。さあ仕事行こうっと結構どうでもいい感じのカオルはいつものように仕事に行こうと邸を出ると視線に気が付いた。
(……めっちゃ視線気になるぅー)
カオルはため息を一つ漏らし、木の影が人型になっているほうを向いて声をかける。
「何か御用ですか。えっと……グァテナさんだっけ?」
「そうよ」
肌掻き器をむすっとした顔で投げ渡してきたおばたん。いや、別に根に持っているわけじゃないけど。ただ印象深かったってだけ。
「おばさんがおばさんに謝りたいんだってさ」
「「なんだって?」」
声がかぶった。二人の女性に脅されベネデット君は急いで木の後ろに隠れて逃げた。
いやいや、私は違うけどグァテナさんはおばさんでしょう。たるんだ皮膚は服から隠しきれていませんぜ
「……何さ」
「いえ別に。で、謝りたいって?」
もじもじと指を弄らせた後、ちらっとこっちを見た。
「風呂での事さ。詳しく教えてあげれなかっただろう? 私あの時『女の月』で機嫌悪くってさ」
「もう過ぎたことですし、構いませんよ」
「そう? それならいいのよ、それなら……。旦那様になんかそんな些細なこと言ってないよね?」
乾いた笑いが響いた後の一言。ひきつった笑みでこっちを見ている彼女の心情をカオルはその言葉ですぐに察した。
(謝る気ない……いや、謝りに来たんじゃなくて保身のために来たんだ。うわあ)
おさまっていた怒りがふつふつと沸いてきた。
「殴ってもいいですか?」
「え? なんて言ったの? あんたのお国の言葉私には分からないよ」
そうでしょうとも、日本語ですもの。おじおじとしていた女性は駆け寄ってきてカオルの手を握った。肉厚な手がやや汗ばってて少し悲しくなった。
「なんか困ったことあったら聞きなさいよ? あんたまだここにきて一か月しか居てないんだからね」
「はぁ……」
「じゃあね!」
逃げるように去って行った。木の後ろにいたベネデットと目が合う。
「あの人、もともとああいう人なんだ」
「でしょうね」
主人に渡された動物の世話のことが書かれた巻物を取り出し、丁寧に広げていく。
此処ではアッシリアとかとは違い粘土板ではなく紙なのです! 紙登場なのです!! ローマ文化進みすぎて別の世界に来たのかと錯覚してしまうよ。
まぁ、現代の紙とはやっぱり違うんですけどね。この時代の紙は『パピルスの草』でできてるんだって。エジプトではよくあるらしいよ。ティロさんが言ってた。
碌なことがなかったローマだったけど、私にとって嬉しいことがあった。
なんと、下着があったのだ。
まあ、今のモノとやっぱり違うからとても違和感がすごいけど、ノーパンよりかはマシかな……今までノーパンでアクティビティに動き回ってた私女として終わってるよね……下世話な話だったね。ごめん
「……ベネデット君。何?」
「いやあ、おばさん結構いろんなこと起こしてるからそばにいたら面白いもん見えるかなって」
「ちょっとおいで」
巻物を置いて、にこにことベネデットを呼んだ。
「?」
トコトコ歩いてきたベネデットの顔を掴み、力を加える。なんていうんだっけこれ……アイアンクロー?
悲鳴を上げて許しを請う彼にしばらく制裁を与えた後、カオルは満足して仕事に入る。
「キィさん、本気で怖い……なんでそんな怪力なのさ。女じゃねーよ」
「次は何しようっかな」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
鎌を手に草を刈り始める。
(あぁ、気候が涼しくなってきたなぁ。もうすぐ秋ですねー……来年26歳かあ)
まだ二十代じゃないか。なんでおばさんいうんだこの時代の若人は全く。
「俺にもあの技教えてよ」
「嫌です」
「ケチ」
コノ少年の性格からしてろくなことしなさそうだし、何よりおばさんっていったやつには優しくしないって今決めた。
カオルは心の中で決意しながら無視を決め込む。
「おぉキィこい」
レントゥティスがやってくると手招きをした。
「はい?」
また子ども云々の話かとうんざりしながらついて行った。
(都合悪くなったら『私、言葉、理解不能』で流そう)
「近々皇帝主催のコロッセオで大会があるんだが」
(やっぱりね~)
「ははは、そんな白い目で見るなよ。何も出ろというわけではないぞ」
「なんですか?」
それ目的ではないのに呼ばれた意味が分からない。出たいわけでは断じてないが。とにかく不信感たっぷりの顔で見ていると鼻をつままれた。
「お前を連れて行ってやろうと思ってな。奴隷が観客席に同行するなんてめったにないことだぞ! 光栄に思え」
「はぁ?」
「なんだその間抜けな声は」
バカなの? っていいそうになっちゃった、危ない危ない。
カオルはいろんな意味で早まった鼓動を抑えながら可愛い子ぶる様に首をかしげた。
「あの~なんていうか~私なんかが行っちゃいけないと思うんですけど~」
「ははは、可愛くないぞ」
「ちょ」
「大丈夫だ。奴隷の身分を隠して俺の愛人という設定にすれば問題ない」
何がどう問題ないのか。
「レントゥティス」
美しい声が聞こえそちらをみれば奥様だった。ふっくらとした優美な服装が風になびき、より一層絵画のアフロディーデを思い起こさせる。
「お客様よ。あなたにご用事ですって。急いでいたらしいから早く行って差し上げて」
「分かった」
去って行った主の背中を見守る。
「ねえキィでしたっけ?」
「はい?」
目の前に美しい顔が
「あの人が貴方にどう言おうが、どう愛をささやこうが正妻はこの私ですから」
ね、と最後ににっこりと笑った。
正直、とても怖かったです。
「キィ! 明後日行くからな!!」
「……はい」
小声でそういうだけでも、必死でした。目力強いのってこんなに怖かったんだ……今男たちの気持ち知りました。




