動き出したようで
昨夜カオルは腕を組んでずっと寝ずに考えていた……『このままでいいのか』と。そして、悩んだ末に結論を出した。
やっぱりただ黙って何かされているのは性に合わない。
ティロに言うのもバカらしいと黙っていたが、実はここにきて一か月間カオルはずっと、小さな嫌がらせを受けていた。
ご飯は時々配給されないときもあったし、干していた服が泥にまみれていたり、靴を隠されていたり、飼育小屋の鶏の卵先に取られていたり……はっきり言って器が小さい。
「来た来た……とおっ」
「!?」
同じ奴隷、扱われた仕事内容はお互い知っている。
ゆえに彼の通る道にある木に登って待機していたのだ。予想通り彼が来たのでタイミングを見計らい、掛け声とともに木から飛び降りた。
「やあやあ、ちょーっと話しようか? ……ベネデットくん」
「う、お前なんかと話すことない!」
「あのさー私、君とろくに会話したことないけど、何か癪に触るようなことした? 小さな悪戯ばっかりしてさ」
「……」
逃げるタイミングを計り、じりっと後ろに下がるベネデット。しかし彼の後ろには
「めえ」
「え?!」
ヤギを配置しておきました。そのヤギしつこいぞ。目の前通過して逃げ出した奴には追いつくまでずっと着いて来るぞ。経験談だ。
「蹴っ飛ばしたら怒られるぞー。ちなみに私に向かってきても構わないぞ。痛い目見てもいいならね」
不敵に笑いながら腰に手を当てる
「……お前、調子に乗ってんだよ」
「ああ?」
初日から攻撃してきたくせに何を言うか。
「知ってんだよ! お前の正体!」
「!」
正体って? 異世界人ってことだろうか……じゃあこの世界にも私と同じようにトリップしてきた人間がいるってこと? この剣幕だとそれは七菜みたいなタイプの人間だろうか
「お前、小トゥッリアだろ!」
「は?」
誰それ。
「大トゥッリアは奴隷のくせに主に取り入って奥様を毒殺して女主人の位置に着いた。母親が死んだからって母親と同じ方法とろうと必死なんだろ!」
「はああ??」
っていうか大とか小とか、どういう意味?
「俺見たことある! お前大トゥッリアそっくりだ!! その肩広くて眉毛きつそうなとこが」
「殴るぞ」
よくわからないけど勘違いで毛嫌いされていたらしい。殴っていいと思うんだけどコレどうだろう
しかし相手は子ども、落ち着いて話し合おう。
「あのね、大トゥッリアって誰? 大とか小とかどういう意味?」
早口で捲し立てられたらちょっと聞き取りが難しいから落ち着いてほしい、あとトゥッリア発音しぬくいんですけど。これ一番重要なんだけど……本当に貴方の言ってる言葉の意味全く分からないです。
「え?」
「その人って私みたいに平べったい顔してたの?」
青年は私の顔をじっと見つめると、あって顔をした。
「全然違う」
「そうだろうね、私アッシリアからきたんだよ」
「どこだよ」
分かってたら苦労しないし、説明できないよ。とりあえず誤解は解けたでしょうよ。
しばらく青年と話をして、大トゥッリアについて聞いた。彼女は青年が小さいころ近所に住んでいた家の女奴隷らしく、主に取り入って色々傲慢の限りを尽くした悪女で、その彼女そっくりに見えた私を見て娘だとおもったらしい。
で、大とか小とかって意味だけど。
このトゥッリアが女性の名前。大トゥッリアはもともとはトゥッリアって名前だったらしい、その名前も父親のトゥッリウスからとった名で、古代ローマでは女にはちゃんとした名前はつかないらしい。
「トゥッリアさんが、娘産んだら、その子が小トゥッリアさん?」
「そうだよ」
「じゃあ姉妹生まれたら?」
「姉がトゥッリア・マイオル、妹にトゥッリア・ミノル、それ以上生まれたら数詞を入れるんだよ」
詳しいね。
「まあ奴隷にそんなことほとんど関係ないけどさ」
「難しすぎてついていけないからもういいや。で、ベネデット君。言うことあるんじゃないかね」
腰に当てていた手を彼の肩に置く。彼は目を逸らす。
ハニシュに昔言われたことがある……『お前の眼光怖すぎる』って。
「すいませんでした」
「よし。あ、もう一つだけ聞いてもいい?」
とっとと去ろうとした彼の首根っこをつかむ。まだあるの? みたいな顔してるけどこの際だからいろいろ聞かねばな
「なんで私みんなから避けられてるの? 君のせい?」
「うっ……、まあ、最初は僕のせいだけど、そのあとは違うよ」
「私の素行が悪いってか」
「怖い怖い! ある意味そうだけど! そうじゃなくて……誰かが言ってたんだ。家のものを盗んでこっそり売り飛ばしてるって」
昨日主人が言っていた『鼠』とは、物取りのことだったのかと今更気が付くカオル。
何も言えずただ呆れた様子でため息を吐く。
「んなことしないよ、相場わかんないし。どこで売ればいいのかも知らないしさあ」
「それはなんとなく話してて分かったよ。おばさんってなんにもしらないもんな」
「おば、……おばさん?」
頭を掴む。いくら昔が平均年齢低いっつっても、25をおばさん扱いするってどういうこと? 後半入りかけてるけど花の20代なのに。
「すみません」
目を逸らすなこのやろう。彼はおびえながらも続けた。
「だからみんなで面倒に巻き込まれないように近づかないようにしようって」
「そんなこと誰がいいだしたの?」
「ダリダ姉さん」
うん、名前だけ聞いても分からないわ
「でも、ダリダ姉さんそんなことめったに言わない人だからさあ」
「私に非があるってこと?」
「まあ」
頭を抑えながらカオルは頷いた。状況は分かった
「じゃあ次はダリダさんね」
「あ、まって」
服を掴まれ振り返ると、ヤギを指差した。
「そろそろ戻したほうがいいよ」
「ありがとう。そうだね。盗む奴いるって言ってたっけ」
ヤギの首根っこを掴んで小屋に戻しに行く。
と、ヤギが何かに反応してそっちのほうを向いてトコトコ歩いて行った。首を引っ張っても動じず、わざわざ首を伸ばして何かを匂い何度もクシャミしていた。
癖になると言わんばかりに匂ってはクシャミ、匂ってはくしゃみしていた。
「やめなさいよ。……何があるの?」
覗き込むと、割れた瓶がそこに
「何この粒?」
黒、白、緑、赤など様々な色小さな種のようなものが割れた境目から零れ落ちている。それを一粒拾い上げて手の中で転がす。粒のほかにも粉が散乱しているのが見える。粉を匂ってクシャミを連発しているらしい。
(あ、これ……)
「コショウだよ、そんなんも知らねえの?」
「……」
「でも、なんでこんな高価なもの落ちてんだろ」
「高いの?」
「そんなこともしらねえの?」
もともとこんな口調なのだろうか、殴りたくなる衝動を抑えながらコショウらしきものをみる。
現代のテレビで料理番組かなんかで、コショウは世界三大香辛料のひとつで『同じ料理に三度使う』と言われるほど、高い汎用性を持つゆえに『スパイスの王様』と呼ばれているとか
(粒だったんだ……コショウって。まぁ、そりゃ最初っから粉じゃないと思うけどさ)
割れた瓶の転がっていた近くを探ってみると、一人の女性が土の中に箱を埋めていた。
「何してるの?」
ビクッと肩を震わせた。もしかして彼女が……ダリダ?
「あなた、ダリダ?」
「っ」
「ダリダ姉さん何してるの?」
立ち上がり、彼女はふり返ることなく走って逃げた。
「ダリダ姉さん!?」
「……」
そんな彼女にカオルは……近くにあった手ごろな石ころを彼女に向かって投げつけた。あ、頭狙いじゃなくて足狙いで。
見事直撃した。回避できなかった彼女はその場に盛大に転んだ。
逃げられたら面倒だから? 怒りの一撃を一つ? いいや、違う。私がなぜ攻撃したかというと
ただの本能だ。
「あんた本当に女?」
「え?」




